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刑事ジョン・ブック 目撃者

 ニューヨークがアメリカのすべてではないように、アメリカは、さまざまな文化と民族と地域によってできている。
 全米をリアルタイムで結ぶ通信衛星のネットワークが、そうした差異を消し去ってしまうかのような時代にも、アメリカには、まだまだ、〈アメリカ〉というイメージでははかりがたい生活とコミュニティが存在する。
 話には聞いていたが、アーミッシュの生活を目にするのは、この映画がはじめてだった。アーミッシュとは、一七世紀にスイスで創生されたキリスト教の新派で、ペンシルヴェニア州にはこの信徒たちがつくっているコミュニティがあるのだ。
 ここでは人々は、英語ではなくドイツ語を使い、電話、自動車、ラジオ、テレビといった近代文明の産物と一切の武器を拒否して、〈神への奉仕〉としての敬虔な共同生活を営んでいる。映画で見ることのできる彼らの共同生活は、金だけがものをいい、自分を自分で守ることが当然であるといった趣のあるアメリカの大都市生活と比較すると、なかなかすがすがしい。新婚夫婦のために、コミュニティの人たちが男も女も総出で、一日で家を建ててしまうシーンは、わたしたちがとうの昔に忘れ去ってしまったものを思い出させてくれる。
 物語は、父を病で失った六歳の子供と未亡人(ケリー・マクギリス)が、このコミュニティを出て、ボルティモアの親戚のところへ行く途中、フィラデルフィア駅のトイレで子供が殺人事件を目撃してしまうところから本筋に入る。その殺人者は刑事であり、殺害されたのも刑事だった。捜査を担当することになった刑事ジョン・ブック(ハリソン・フォード)が、英語もたどたどしいこの子供の証言から、犯人が同僚であることを割り出したとき、この母子にだけでなく、ブックのところにも暗殺の手がのびはじめる。この事件には、警察の上層部をまきこんだ麻薬問題がからんでいたのだった。
 結局、ブックは、傷ついてアーミッシュのコミュニティに身を隠すことになるが、彼がこの村で異文化体験をする様は、文化人類学的なおもしろさをもっている。まだ若いこの未亡人とブックとがこの古い世界の拘束のなかで次第に燃えあがらせていく愛も、セックスにすぐつながる愛の表現を見なれた者には新鮮な印象を与える。
 しかし、このようなタイプの女性像が映像として美しく描かれる今日のアメリカの状況は、女性の解放という観点からすると一歩後退なのではないか、という気もする。
監督=ピーター・ウィアー/脚本=ウィリアム・ケリー、アール・W・ウォレス/出演=ハリソン・フォード、ケリー・マクギリス他/85年米◎85/ 5/ 6『ミセス』




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