粉川哲夫の本          電子人間の未来


器官なき声

町ながや電車のなかで、英語が聞こえるのでその声の方を見ると、三、四人の中・高校生が日本語で談笑しあっているということがときどきある。これは、わたしの感覚がおかしくなったためだろうか? わたしは、小学校の近くに住んでいるので、帰校時に笑ったり叫んだりしながら家のまえを通りすぎる子供たちの声を聞くことが多いが、その抑揚は、明らかに十年まえとはちがってきている。テンポが早く、振幅が大きいのだ。それは、特に女の子の場合に顕著で、それを家のなかで 仕事をしながら突然耳にするような場合には、彼女らが具体的に何を言っているかはわからず、ただ声の高い部分やアクセントのはっきりした部分だけが一つの「うた」のように響いてくるので、このときも、西欧語を話す子供たちが家の外にいるかのような錯覚をおぼえたりする。水野修孝氏によると、最近の日本の大衆音楽の歌詞のスピードが速くなっており、日本人のリズム感がアメリカ型になってきているという(「リズムと発声の変容」、『教育産業』、一九八四年六月号)。これはたしかにその通りであり、わたしがときどき体験する錯覚がどこから来ているかを示唆するように思う。
 ある現象を知覚する場合、その内容(意味)は、その形式の知覚によって決定される。だから、リズムやテンポが変わると、音は、そこで何が言われているかに関係なく、別の意味をもってしまうのである。
が、そうだとすると、最近の日本人におけるリズム感の変化がどこから来ているのかは、非常に重要な問題だ。それは、思想、風俗い街並の変化よりももっと根本的な変化であり、そうした世の中の"表層"部分の変化にとらわれていると決して見えてこないような変化だからである。
 音楽のリズムがダイナミックになってきたのは、水野氏も指摘するように、アメリカの音楽の影響によるものであることはいちおううなずける。アメリカのヒット・チャートの情報が日本に伝わる速度はますます速くなっているし、海外のレコードが入ってくるスピードも縮まった。さらに、ヴィデオコーダーの普及によって、アメリカのミュージック・ヴィデオを見る機会も多くなり、単に耳からだけではなく、視覚的なリズムをも感得する条件がふえている。こうなれば、われわれの感覚が変わらない方がおかしい。
 しかし、こうしたかなり見えやすいレベルでの影響以前に、もっと根本的な影響があるのではないか、とわたしは思う。それは、テレビやラジオの音楽番組やレコードではなくて、テレビのコマーシャルの影響である。
 テレビのCMのもつ早いリズム感や情報がびっしりつめこまれているところからくる稿密感が、視聴者の感覚に知らず知らずのあいだに作用し、視聴者のリズム感や感覚的な好み、色彩感、さらには思考様式をも変えてしまうことは、日本ではまだ十分な研究がなされていない。テレビのCMは、こうした映像の瞬間的な単位のなかにあるリズムや色彩の形式によって視聴者の意識を変えるだけではなく、意識の持続のしかたをも変革する。CMは、通常、一時間の映像のなかに最低十回は挿入されているが、これは映像の流れに一定のリズムを与えており、意識の持続のしかたもこのリズムの影響を受けるようになる。わたしの経験では、比較的若い世代の聴衆をまえにして――たとえば授業のような――必ずしも自発的に聴きたいわけではないような話をする場合には、長くて十五分ぐらいずつメリハリをつけて話さないと退屈させてしまうようである。これは、テレビの影響ではなかろうか? タレントの人気も、彼が話す内容よりも、そのしゃべり方のリズムと、短い意識の持続度と無関係ではないだろう。テレビ文化で育った世代には、たえずインターヴァルを入れられる時間の流れ方が普通なのであり、大河小説風に時間が流れると眠気をもよおしてしまうのだ。
  しかし、CMは初めからこれほどの影響力をもっていたわけではない。一九五〇年代に民間のテレビ放送が始まったとき、CMは、番組のつけたしであり、なければそれに越したことはないうとましいしろものとみなされ、これを「トイレット・タイム」などと呼ぶ人もいた。が、その 後CMの"質"は飛躍的に向上した。その製作につぎこまれる費用も、とくに七〇年代になってから、とてつもない額に上昇した。最近は、やや縮少されたようだが、CMの製作に潤沢な予算が配りあてられている時代に、冬の大陸を横断鉄道が走るたった数秒のカットを撮るためにイリノイ州にまで出張撮影し、ついでにアメリカ旅行を楽しんできたディレクターを知っている。コバルト色の海の背景が必要だというのでグアムに飛行機で飛ぶくらいは大目に見られるといったような一時期もあったようだ。
 そのようにして作られるCMが、テレビの視聴者にアッピールしないはずはない。CMを撮る方も、豊かな予算を利用して、自分たちがかねがねやりたいと思っていた"芸術的"実験を同時に試み、数十秒の映像を密度の濃いものにした。この時期を通じて、テレビのCMは、かつてのような番組の余計者の位置からそれにメリハリを付けるに不可欠な従属物に、そしてさらには独立した"作品"――いわば"ショート・ショート"の番組――にまで出世した。こうなると、CMは、単なる広告ではなくて、一種の大衆文化となる。六〇年代にも、テレビのコマーシャルが大衆文化となり、たとえば大橋巨泉の「ハッパフミフミ」のように、人々の日常の日常表現として使われたり、コマーシャル・ソングがさりげなく口ずさまれたりすることはあった。が、七〇年代のテレビCMの最盛期には、CMで表現されるセンスが大衆的な好みや傾向を規定するところまで行った。
 この傾向は、今日でも失われたわけではないが、ほぼ七〇年代の末までの時期に、CM文化は人々の意識の底に完全に定着し、この問にCMに対するかつての偏見はほとんど払拭され、どんなにやかましいCMをもわずらわしくは感じないテレビ的感性が出来上がった。今日、CMのないテレビの方が、普通だと思う人は少ないだろう。まして、CMがソフィスティケイトされはじめてからテレビを見るようになった世代にとっては、テレビのCMがわずらわしかった時期があったなどということは知るよしもなく、そのため、彼や彼女らは、CMのないNHKのテレビを退屈に思うのである。
 テレビがわれわれの感受性やリズム感を変えるという点で、もう一つ指摘しなければならないことがある。これは、ニューヨーク在住のヴィデオ・バフォーマーのナムジュン・パイク氏と話をしているとき(『アトリエ』一九八四年八月号)に気づいたのだが、"テレビ中毒"というのは、その内容への耽溺ではなくて、ブラウン管上を走る走査線の動きへの耽溺なのである。わたしも、疲れたときなどに――ということは、何かに溺れたい気分になったときに――別に特定の番組を見るというのでなしにテレビをつけ、だいたいそういう時は深夜で、あまりおもしろい番組がないのにもかかわらず、だらだらと長時間にわたってブラウン管を凝視しつづけてしまうことがある。
これは、明らかに、番組の内容への中毒ではなく、テレビ映像を見るということへの中毒症状である。これが高じると、何も映っていないテレビ画面を何時間もながめるということになるが、 事実、テレビの好きな老人が痴呆症になって一日中白い画面を見ていたという話がある。この場合、この老人にとってテレビの白い画面は、無なのではなくて、わずかに残された意識のリズムにマッチした表現形式なのである。
 そういえば、スピルバーグの『ホルターガイスト』という映画に、深夜、夢遊病のように起き出した幼児が、テレビの白い画面に向かって話しかけると、そこに"霊媒"が現われるシーンがあった。これは、ある意味で、テレビで育った子供たちとテレビの関係を鋭くとらえていると言えなくもない。つまり、こうした子供たちにとって、テレビとは、まず走査線の動きであり、しかるのちにそこに映像があたかも霊媒のように呼び出されるのである。
  今日、われわれのリズム感や感受性は、もはやエレクトロニックスの環境と切り離して考えることができない。おそらく、テレビの走査線が影響するとしたら、電燈のサイクルもいくらかの影響を与えるだろう。螢光燈の下で生活するのと白熱燈の下で生活するのとではちがうだろうし、交流のサイクルが五〇サイクルの地域と六〇サイクルの地域とでは、そこに住む人々のリズム感に微妙な差異が見出せるかもしれない。
 いずれにせよ、われわれが、太陽や潮の満ち干のような"自然的"条件によって規定された体内リズムを基礎として生活し表現するような場から、はるかに遠いところまで来てしまっているわけで、いまや電子環境が一つの"自然"になろうとしているのである。
 が、これは、他面では、皮肉なことではなかろうか? 文明の歴史は、テクノロジーによって自然を征服しようと努めてきたし、現在もその努力は続けられている。が、そうしたテクノロジーの最も進んだものの一つであるエレクトロニックスによって生み出された環境が、いまや人間の操作の範囲を越えて一つの"自然"になりつつあるからである。ここでは、エレクトロニックスを無視して、それ以前の"自然状態"に還ろうとしても無駄であり、行動も表現も、エレクトロニックスとしての"自然"に従うか、それを変容するかによってのみ可能となるのである。
  こうした状況は確実に体感を変えていく。わたし自身、先日、長距離バスのなかで、停留所名を告げるテープ音を何度も聞いているうちに、何か自分の肉体が稀薄になっていくような感覚を味わったことがある。
 そのテープ音は、ふだん東京のバスのなかや電車の駅で耳にしているものと大差なく、いまでは全然めずらしくも奇異にも思えなくなっているものなのだが、長時間くりかえし耳にすると――はじめてこの種のテープ音を聞いたときに感じた――その本質的な不自然さが気になってくる。それは、一語一語が明確に発音されているが、特定の誰かに向けられて発音されたのではないし、特定の集団に向けられているわけでもない。むろん、このテープを録音するとき、アナウンサーになった女性は、自分が車掌になって乗客にガイドを与えている気持でそのメッセージを録音したかもしれない。が、彼女がそのときバスのなかにいなかったことは否定しがたい事実であり、彼女は明らかに録音スタジオのなかで原稿をマイクに向かって読みあげたのである。「道がカーブになりますのでお気をつけください」と彼女が言うとき、彼女は実際にバスのなかでそのことを予測し体験したわけではなく、原稿にそう書いてあるからそのように言ったのであり、彼女がどんなに実感をこめて言ったとしても、それは想像力による演技でしかないのである。
 むろん、不特定多数の人々に向かって発せられるアナウンスとそれを聞き、その言葉の意味を 了解する人との関係は、全く窓意的である。それを自分のために言われたかのように思うのは勝 手な幻想である。しかし、バスの車掌が進行方向にカーブを認め、「道路がカーブになるからお 気をつけください」と言うときには、それは最低限自分という生身の他者へのメッセージとして言われたわけだが、スタジオでアナウンサーが原稿を読んでそう言うときには、それは生身の身体をもったいかなる他者にも向けられてはいない言語なのである。従ってそれは独言ですらなく、まさに声帯とエレクトロニックス装置とが発する「オドラデク」の声なのだ。
 カフカは、「家父の心配」という短篇のなかで、「オドラデク」という名のアンドロイドについて書いている。それは、カフカがこの物語のなかでつくり出したものなのだが、星形の糸巻に棒状の脚がついたこの小さなアンドロイドは、名前をきかれると「オドラデク」と答え、「どこに住んでるの?」とたずねられると、「住所不定」と紋切型に答えて笑う。「がその笑いは、肺なしで出せるような笑い声である。いわばそれは、落葉の山がカサコソいうのに似ている」。
 ここでカフカは、エレクトロニックス時代の寓話を語っているわけではなく、むしろ孤立状態にあるこのアンドロイドの不具性をなげいている。だから、物語の語り手の「家父」は、「彼(オドラデク)が誰にも害を与えないことは明らかである。が、彼がわたしのあとまで生きのこることを思うと、ほとんど痛ましい気持になる」と語る。つまり、家長は、オドラデクの存在を特殊なあわれむべきものとみなしているわけである。
 ところが、今日、オドラデクの特殊な現実が全般化しはじめたのであり、それを誰一人として「痛ましい」と感じることができるような位置にはいられなくなってきた。言葉は次第に「肺なし」の声になり、それは、口で語られ、耳で聞かれるのではなくて、脳髄から直接発信され、脳髄に直接受信されるようになろうとしている。それは、身体器管を媒介せずに脳髄と脳髄とを連結させることを目ざす諸手段が発達することによってエスカレートする。しかし、脳髄は、媒介なしには何も認識することができないし、媒介が生み出す差異のなかで意味作用を経験するのである。それゆえ、ニューメディア時代には、かつてになくimmediateなこと――つまり直接的、無媒介的、無メディア的なこと――が求められるが、それは、いかなる媒介もメディアも必要としないということではなくて、それまで媒介=メディアとして重要な役割を担ってきたもの――つまりは身体器官――が、他のものに――エレクトロニックスの装置――にとって代わられるということなのである。
 ドゥルーズとガタリがアルトーの洞察を拡大して言ったように、コミュニケイションは「器官なき身体」をめざす。エクスタシーや忘我において、道具的な身体器官は消滅する。器官はその実在を奪われるわけではないが、それは道具的存在とは異質な場に身を置くことによって、記号論的差異を形成する要素となる。たとえば、手は物をつかむ道具=器官でもあるが、同時にそれは、その「地」となる背景世界との関連で「図」を形づくり、自ら物語る身体となることもできる。その意味では、身体器官は、たえず自らを無化し、器官ある身体と器官なき身体とのあいだを振動し続けているということができる。
 しかし、エレクトロニック・テクノロジーが目ざすのは、こうした身体の弁証法を解消し、「器官なき身体」を制度として恒久的に実現することである。従って、すべての器官は・電子装置によってとって代わられることが好ましいということになり、生身の器官は、うとんじられてゆく。
オドラデクの笑いとは、まさにそのようにして疎外された器官から発せられる声であり、それはあたかも「肺なしに発せられる」かのように聞こえるのである。
 事実、肉体的な器官なしに言葉を発したり、聞きとったりすることが可能になるような徴候がある。あらかじめ録音されたテープを再生することはその最も初歩的な形態だが、誰かがあらかじめ録音しなくても言葉を電子的に合成する装置は実用化されているし、将来はそのような装置を指一本触れずに操作できるようになるだろう。音声ワードプロセッサーと自動言語読取機とに"対話。させることはもはや難しいことではない。人間は、脳髄=人問としては必要だが、器官=人間としては不要なところまで来ているのだ。
 だが、エクスタシーや表現行為のなかで器官を消滅させることはできるとしても、器官なき身体が恒常化することは不可能である。そのため、脳髄人間への願望は、身体器官の軽視と無視へ向かわざるをえない。エレクトロニックス時代に密教やトランセンデンタル・メディチイションが流行するのは、これまで身体(器官)的とみなされていたものをこれらが忘却させてくれるからでもある。
 一九八三〜四年にニューヨークで爆発的に流行したブレイク・ダンスは、その原形からすると黒人のブルース文化のなかにあったものだが、身体をロボットかマネキン人形のように硬直させギクシャクさせる踊り方は――これもパントマイムなどではよく使われる技法だったとはいえ――身体器官を無視したいという社会意識にぴったり適合するものである。また、身体を生けるがまま凍結したかのようなタブローを作り続けているドゥエン・ハンソンの仕事がアクチュアリティをもつのも、身体的身ぶりの終末が訪れようとしている今日の時代を黙示しているからかもしれない。
 その際、問題は、このような傾向をほとんど抵抗なく受けいれ、電子的な「器官なき身体」を日常レベルで実現しようとしているのが日本社会だということである。三年ほどまえにスティックスの「Mr.ロボット」がヒットしたことがあったが、この曲は、明らかに日本人の身ぶりをパロディ化していた。のみならず、そこに唐突に出てくる「ドーモアリガト……」という日本語は、その質からすると、バスのテープによるアナウンスや新幹線の自動切符販売機が反復的に発する電子音と同系統のものであり、誰にもそれを意味作用として追体験することを求めていない符号者なのであった。また、一九八五年のグラミー賞発表のとき、ハービー・ハンコックの「ロキット」が入賞し、それが会場で演奏されたが、この曲に合わせて振付けられたブレイク・ダンスの ダンサーたちがかぶっていた仮面は、明らかに、日本人の無表情な顔を模していた。
街路にはたえず電子音が流れ、ブラウン管やネオン管が点滅し、さまざまなマニュアル労働が自動販売機やロボット装置にとって代わられ、日常環境がことごとくエレクトロニックス化しようとしているのは世界中で日本だけだ。このような環境のなかで暮していると、生身の肉体(器官)をもっていることがひどく遅れたことのように思われてくる。電子的環境は、日本のエレクトロニック・テクノロジーの進歩の関数をなしており、われわれが肉声よりもテープ音になじめばなじむほどテクノロジーは発展すると信じられているかのようだ。
しかし、くりかえし言わねばならないが、われわれが「器官なき身体」となるのは、われわれ自身が自分の身体をみずから動かすことによってであって、その反対に、器官の主体とは無関係に器官が無化されてしまうのは、それだけわれわれが体を動かす自由を失うということを意味するのである。ベケットの戯曲『芝居』の登場人物たちは壼から首を出して言葉にならぬ言葉をしゃべる自由しか与えられていないが、電子時代の人問は、彼らのように声帯と肺を使ってしゃべることすらもできなくなるのである。

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