粉川哲夫の本
電子人間の未来
テレビ環境の変貌
ベストセラーになった「OTV(オー・ティ・ヴィ)』(ホィチョィ・プロダクション)によると、日本のテレビ番組には、紋切り型のパターンが実に多いという。若い主人公が、浜辺で夕日に向かって「バカヤロー」と叫ぶ――といったようなパターンはいたるところに見出せる。テレビ・ドラマに登場する喫茶店やバーのマスターは、なぜいつも難題をかかえた主人公の相談役であることが多いのか? ゲーム番組で、「ここぞというとき奇跡のように難問を解く解答者が必ず一人いる」というのはなぜなのか? また、NHKのドキュメンタリー番組で、村の青年たちなどが何かの問題に直面すると、「決まって車座の話し合い」で解決しようとするシーンになるという。
しかし、日本のテレビのこうしたステレオタイプ性は、もはや視聴者の誰しもが意識していることであり、むしろ、人は誰も今日のテレビを生真面目には見てはいないからこそ、何とかテレビが視聴率を維持できているのである。視聴者は、「OTV(オー・ティ・ヴィ)』であらためて"裏読み"の方法を教えられなくてはテレビを「面白く」見られないほど無能ではなく。むしろこの本がテレビそのものを離れて、面白く読めるということ自身が、そうした――ステレオタイプを冷笑して楽しむというシニシズム的な大衆文化の確固たる存在を裏づけているのだ。
これは、、日本のテレビがあまりにワンパターンなものに寄りかかってきたために生じた視聴者側のしたたかなリアクションであり、視聴者自身がつくり上げた屈折せる大衆文化である。日本のテレビは、一九四〇〜五〇年代のハリウッド映画のように、一貫して「俗悪で、ダメである」ことによって、そんな逆説的な文化を生み出した。さもなければ、とても画面を見続けることはできなかったからである。
しかし、そんな日本のテレビも、いま、少しずつ変わろうとしている。VTRの普及とヴィデオ・レンタル・ショップの増加は、確実にテレビの見方を変え、またテレビ局に再考を余儀なくさせつつある。『OTV(オーニアィ・ヴィ)』のような本は、十年まえだったら、メディア批判の書として、マス・メディアからは煙たがられたことだろう。それが、今日では、エンターテインメントとして読める。それほどに、メディアの機能と状況は変わってきたのだ。
こうしたテレビの機能変化を歴史的につっこんで考えようとするならば、最低限プロレスのテレビ中継開始(一九五四年二月)、皇太子の結婚式(一九五九年四月)、東京オリンピック(一九六四年十月)、アポロ11号宇宙中継(一九六九年七月)、浅間山荘事件(一九七二年二月)、ロッキード事件(一九七六年)、「疑惑の銃弾」事件(一九八四年一月)を考察しなければならない。これらの事件は実際にテレビの視聴者数をふやすことに役立ったし、テレビの機能を前時代のものからその時代の新たな機能に向かって変えさせるための儀式にもなった。
プロレスのテレビ中継から「疑惑の銃弾」事件にいたるプロセスは、テレビが"外部"を失うプロセスでもある。プロレスは、力造山とともにテレビによって浸透したことは確かだが、一九五〇年代のプロレスは、中継現場(たとえば後楽園)が主で、その映像は従だった。一九五四〜五五年の時点でのテレビ普及率はまだ一パーセント未満であり、多くの人はテレビを電気屋などの店頭で立見した。画像は、当然白黒で、VTRもハンディな移動カメラもなかったから、今日の目からすれば技術的には相当幼稚な映像だった。放映時間も、テレビの方が興行に合わせるのであり、リングが画面に映っても、なかなか本番が始まらないこともあった。だから、観客は、画面に映るプロレスには現場があることを知っていたし、画面が不鮮明であっても、それを通じて現場を想像しようとした。当時はテレビのプロレス中継を見てショック死した老人がいたが、この伝でいくと豊田商事会長殺害現場のヴィデオ画面を見てショック死する人が続出しても不思議ではないはずだ。が、そんなことはもう起こらない。
一九五七年に、NHKテレビの受信契約数が五十万台を突破した。五八年には、それが百万台を越え、五九年には二百万台に達した。普及率としては二一二バーセントだが、一九五八年から五九年にかけて倍化していることが注目される。その一因は、明らかに「ミッチー・ブーム」で仕掛けられた皇太子結婚騒ぎであるが、テレビ技術の面から見ると、皇太子の結婚は、大がかりなテレビ中継(数十台のテレビカメラ、中継車、ヘリの使用)という形態を制度化させた。これは、一面で、どのような事件にも即応できる報道体制が確立されたということであり、この体制は、一九五九年の後半から高まってくる安保闘争のデモ報道で本領を発揮しはじめるのだが、他面では、テレビがイヴェントを構成するという新たなテレビ機能のはじまりを告げるものであった。
プロレス中継では、体と体とがぶつかりあう音を効果音で誇張するようなことはしなかったが、皇太子結婚パレードの中継では、馬のひずめの音を効果音にすりかえた。テレビが、いまや"現実"を作りはじめたわけだ。
この方向は、東京オリンピックの中継によってより大規模な、より巧妙なものになる。一九六三年十月の東京国際スポーツ大会(プレオリンピック)で初めてスローモーションVTRが使われる。のちに、スポーツ中継の"決定的瞬間"の紹介に多用される技術である。これは単に撮影上の技術の向上の問題ではなく、テレビ技術がそれまで存在していなかった"現実"を合成したということであり、テレビが現実を思うままにあつかうことができるということを示唆していた。
月面に着陸したアポロ11号からの映像中継は、テレビが人問の知覚能力を完全に越えていることを公にした。プロレス中継でも、皇太子結婚式でも、東京オリンピックでも、そこには依然として現場があり、次第に映像の方が現場よりも心理的な効果を強くもつようになってきてはいたものの、テレビの観客が現場におもむく余地は十分に残されていた。これに対して、アポロ11号が流す映像は、観客には、それを信じて受けいれるか、あるいは完全な虚構として拒否するかしかできないような映像だった。映画『カプリコン・1』のように、宇宙中継を提造することは、この時点においても技術的に可能だったからである。
テレビのために、あるいはテレビとともに現場自体を構築する傾向は、浅間山荘事件で一つのピークに達する。この事件が、単なる偶発事ではなく、テレビによって「過激派」のイメージ.ダウンをねらい、周到に仕掛けられたものであることは少しずつ明らかになってきているが、そうした国家的陰謀の有無をいまカッコに入れるとしても、この事件が社会的に新左翼運動全般に対する否定的なイメージの構築に大いに役立ったことは明らかである。浅間山荘における銃撃戦の中継唯、オリンピック東京大会の八○パーセントには及ばぬものの、五〇パーセントを越える高視聴率を上げた。事件のあった一九七二年には、すでにNHK総合テレビは全番組がカラー化二九七一年十月一されており、ハンディな小型カラーカメラも一九七〇年に実用化されていた。
一九七二年六月十七日に佐藤栄作が、首相退陣を表明する記者会見の席上、記者たちの態度に激昂し、「テレビはわたしの言ったままを伝える。活字にするとゆがむ。偏向するから新聞は嫌いだ。NHKのテレビはどこにいる。まんなかに出なさい」とどなり、新聞記者がいっせいに退場し、佐藤はガランとした会場でテレビに向かって退陣表明をするという事件があった。これは、ある意味で、テレビが国民の意識操作の最も効果的な装置であるという認識が、国家側に定着していたことをはからずも物語っている。
ロッキード事件は、まさに、テレビが国民教育の装置として使われた画期的な事件である。
一九七六年二月のロッキード事件第一次国会証人喚問の実況中継は、プロ野球の中継とはちがい、一般人にはテレビを通じてしか目にすることのできないものであり、その意味でテレビはこの事件の社会効果をある程度まで操作できる位置にあった。国家は、それを効果的に用いた。ふだん疑惑を直接つきつけられることからまぬがれている人物がテレビのまえで詰問されてしどろもどろになること、そしてその疑惑は田中角栄元首相にまで及ぶこと、これは、既存の権威に疑いをもつ疑惑のレッスン――反権力的国民教育――としては実に効果的だった。一九七三年のオイルショック以来、国家は、それまでの高度経済成長路線を修正せざるをえなくなっていたが、ロッキード事件は、高度経済成長をささえた成りあがり文化と露骨な金権政治とはちがったものを正統性(被治者を権力に自発的に服従させる価値的信念)とする新たな方向を国家が踏み出すために好都合な事件となった。
しかし、田中角栄の有罪判決で大詰に達したロッキード事件は、疑惑から解決にいたる解放感を大衆に満喫させるものとはならず、むしろ人を疑うという疑惑の文化だけを広めた。また、この事件を通じて、報道の名のもとにプライバシーや人権を無視しても取材を敢行するスタイルがマスコミで一般化した。これは、芸能人の取材ではすでに行なわれていたし、週刊誌の報道はそのような取材にもとづく記事が決してめずらしくはなかったが、テレビの世界ではまだ全般化してはいなかった。いまや、テレビの取材は、それまで映画やテレビドラマのなかでステレオタイプ的に描かれる取材風景――車から出てくる問題の人物に殺到してカメラやマイクの放列をしく――とそっくりになった。
こうした下地のもとで起こった「疑惑の銃弾」事件が、今日見られるような形になるのは、ある程度必然的なことだった。この事件では、三浦和義という人物の特殊性が云々されることが多いが、むしろ、マス・メディアがその必要にあわせてそのヒーローを作り出したと言うべきだろう。少なくとも、マス.メディアの支配的動向が根底から変わらぬかぎり、ロッキード事件で疑惑のメディアと化したマス・メディアは、いまや、何か疑わしい事件が自然に発生するのでなければ、自らそのような事件をでっちあげるか発掘するかしなければならないからである。
「疑惑の銃弾」事件のヒーロー、三浦和義氏は一九八五年九月に逮捕され、一九八六年十月現在、依然として警視庁に拘留されているが、この逮捕は、この事件を通じてどうしようもなく広まってしまったある種の反権力文化に対する国家側の牽制でもある。この事件は週刊誌とテレビの往復運動のなかで広まったが、この事件に興味をもつ者にとって、事件の真相それ自体はどうでもよい。この事件は、ほとんどその"外部"をもたないのであり、三浦という人物は、ほとんどメディアのなかだけで出会うしかない芸能人と同じ存在なのである。
芸能人はすでに、セックスから病気、死にいたるあらゆる私生活をマス・メディアのために露出することを求められるような存在であり、つまりは、その身体はとことんまで映像や活字に移しかえられることを求められるのである。「疑惑の銃弾」事件は、その意味で、条件さえととのえば、誰でもが芸能人になれるということ、週刊誌とテレビは、万人を芸能人にすることが出来るということを明らかにした。
しかし、万人洲芸能人になるということは、週刊誌やテレビの世界が現実そのものであり、われわれの身体は、ポイとゴミ箱に放り投げれば――あるいはスウィツチをポンと押せば――それで終わりになってしまうような、つねに一時的なものでしかないということである。このON/0FF文化は、いま確実に日本の社会に広まりつつある。これは、マス・メディアと国家がこの二十年間につくりあげたものであるが、その帰結は、必ずしもマス・メディア産業と国家利益に役立つとはいえないようだ。少なくとも、そうした認識が三浦氏の最終的な逮捕のなかにも感じられるのである。
体制は、限界に達すると必ず、体制自身を破壊しかねない要素をその内部から生み出す。「フォーカス現象」、疑惑の文化、一億総芸能人化、「やらせ」テレビといった諸現象は、それらが徹底的に尤進するならば、現在のマス・メディアと社会体制自身をその内部から破壊するにいたるだろう。そうした危機にのぞんで体制自身が行なうことは、そうしたドラスティックな変革に身をゆだねて自ら退陣して行くか、それともそうした破壊的傾向を一時的にストップする反動的なやり方で食いとめるかのいずれかである。
「やらせ事件」と靖国公式参拝、ニューメディアと「スパイ防止法」といったたがいに相反するはずの方向が並行して出てくる今日の状況は、明らかに、体制が一つの時代的転機に立っていることを物語っている。
テレビ朝日の「やらせ」事件は、日本のテレビが最近になって急に「悪質」になったかのような印象を与えかねないが、実際には、日本のテレビ・メディアは、はじめから操作的なメディアヘの方向を歩んできた。それが、今度の事件のような形でその内実を暴露したということは、むしろ日本のテレビがそうした方向から別の方向へ転換しようとしている徴候である。
変わりつつあるのはテレビだけではない。「フォーカス現象」という言葉はこうした変化に対応じている。ここから発展し、「FFE現象」という言葉も出来た。むろん、写真週刊誌『フォーカス』、「フライデー』、三シマ』が作り出す社会現象を指しての言葉である。
たしかに、これらの雑誌は、メディアである以上に社会現象である。そこに掲載されている写真や大げさな調子の見出しそのものよりも、何倍にも増幅された反響の方がさらに大きな反響を呼んだ。『フォーカス』や『フライデー』に載った写真を見ていない人でもその写真について語るという現象をこれらの雑誌は作り出した。たとえば、日本航空のジャンボジェット機が群馬県の山中に墜落したとき、『エンマ』に載った死体写真のことは、それを実際に見ていない人もよく知っており、「あたり一面に手首がごろごろしてたんだってね」というような会話をかわした。
社会現象と化したメディアというものは、その記事なり番組なりを一度も目にしなくてもそれについて語ることができるという一種のうわさ機能を生み出す。これは、決し『フォーカス』が作り出した機能ではなくて、マス・メディアが環境化するときには必然的に生ずる機能である。
『フォーカス』や『フライデー』を、その内容の"えげつなさ"やスキャンダルス性で批判するのはあたらない。個々の具体的な写真・記事を問題にするならば、報道写真やドキュメントとしてすぐれたものもないではない。また、"露骨さ"という点では、ウィージー(アーサー・フェリグ)の事件写真にくらべれば大半はむしろご愛婦である。が、『フォーカス』が獲得した当初の 1人気は、それまでの映像メディアが事件現場の報道をおざなりのやり方でしか報道してこなかったことに対する大衆的な批判を含蓄していた。報道写真が死体のあらわな写真を示すことが人権擁護の立場からみて問題であるとしても、また女性の性器の存在だけを特に意識した写真がメール・ショーヴニズム(マチズモ)以外の何ものでもないとしても、たとえばアメリカ映画を通じて"教育"されたわれわれの映像感覚にとって、日本のマス・メディアが提供する事件写真・映像は、あまりに自己規制が強すぎ、マンネリズムに陥っていた。だから、その意味では、当初『フォーカス』は、報道写真をわれわれの今日的欲求に合致させる機能を幾分がは果たした。
しかし、日本のマスいメディアの問題は、メディアとしては決して行きすぎないということであり、とりわけ日本のマス・メディアは、あいまいさをその特質としている。その結果、マス・メディアは、メディアとしてではなく、うわさの装置としてよりすぐれた機能を発揮するにいたる。『フォーカス』の場合も、「フォーカス現象」を増幅したのは、そのメディアとしてのコミュニケイション機能の部分ではなく、このメディアのなかにあるあいまいな部分である。『フォーカス』系の雑誌の目玉は、事実音リアルに伝えようとする"露骨"な写真であるよりも、むしろ芸能人や著名人の私生活を盗み撮りしたり、やらせ撮りした思わせぶりな写真である。
厳然たる事実はうわさの話題にはなりえない。少なくとも事実の話はうわさ話とは言えない。
うわさの話題になるためには、どこかにあいまいさが存在しなければならないのである。その点で、マス・メディアに一面だけをさらしている芸能人の私生活は、うわさのためには格好の材料になり、核心が謎につつまれた事件の主人公(たとえば三浦和義氏)がマス・メディアで歓迎されたのもこのためだ。その結果、うわさの世界が肥大し、現実とズレを起こし、ついにはうわさが大部分の現実を形づくるようになる。
ただし、こうしたうわさは、それ自体として幻想の構築装置であるわけではなく、それは、同 時にネットワークのメディアでもある。より正確には、うわさは何らかのメディアなしにはひろがりえないのだから、メディア自身のもつネットワーク作用の一つの側面だと考えた方がよいだろう。根も葉もないうわさやデマで結びつけられた個々人も、ある種のネットワークを形づくっているのには変わりがない。
問題は、そのネットワークが、文字通り個々人という網の目の一つひとつが独立したまま他の網の目と結びついているのか、それとも個々人が大きな網にすっぼりおおわれてしまっているのかである。「フォーカス現象」のなかで作り出されるうわさは、各個人がそれぞれの想像力を駆使しあって共に紡ぎ出したものというよりも、マス・メディアがあらかじめ用意したネットを個々人が無批判にたぐりよせることによって出来上がっている。言いかえれば、そこには、メディアに触発されたこちら側が積極的に想像力を駆使するといった側面がほとんど感じられないのである。
芸能人や著名人は、その一面が著名であるほどにはその私生活が鮮明ではないという点でうわさの対象になりえる。そして、ときたまスッパぬかれる私生活のスクープやスキャンダルは、そ 一うしたうわさの作用を増幅するのに役立つ。この段階では、うわさはまだ大衆一人ひとりの想像力の産物である度合が強く、人々は、自分たちが話題になるうわさの虚構性を十分に意識している。ところが、芸能記者がジャーナリズムのトップ・モデルとなり、スキャンダル雑誌が社会現家となるような時代には、社会的に有名な人物の不確かな私生活に勝手にはりつけられたうわさが、あたかも彼らの私生活そのものであるかのようになってゆく。芸能人や著名人の方も、その"私生活"(表向きの"私生活")を公開し、この傾向を強めることに協力する。そのうち、うわさの対象になる側も、うわさをもちまわっている側も、うわさの暫定的性格を忘れ、うわさを身にまとい、うわわさを現実として生きるようになる。こうして、芸能人とは、セックスから病気、死にいたるすべての私生活をマス・メディアに露出することのできる者のことになるが、「フォーカス現象」のもとでは、万人が芸能人化するのである。
リダンダンシー 万人の芸能人化とは、根本的には、われわれが身体の冗長性を失うことである。身体は本来、すべてを冗長にする。身体は、何ごとも即時的・一時的に処理することができない。想像力やうわさは、その点では、身体にとってあまりに一時的でありすぎるものに対する防御策でもある。
身体は、あまりに一時的なもの、自分の身体とは異質なものに出会うと、それを想像やうわさ話のなかに流しこむことによって仮の冗長性を作り出す。従ってこれは、「現実」ではなく、仮構である。しかし、「フォーカス現象」とは、この「仮構」が現実となることなのだ。これは、マス・メディアの機能変化であると同時に、身体状況の根本的な変化にほかならない。
「フォーカス現象」においては、いわばマス・メディアと身体との倒錯が発見できる。マス・メ ディアは、本来、次々と情報を流して行くものであり、冗長性を欠くこと。を得意とする。少なく とも機能的には、次々に新しい情報を流し、とどまることを知らない。ところが、マス・メディアが過剰に浸透し、それがうわさを流し続けると、マス・メディア自体が身体に似たリダンダンシーをおびてくる。テレビは、いまや何かの情報を得るための用具であるよりも、つねにそこにあり、持続的にうわさを流し続ける準身体になりつつあるが、『フォーカス』や「フライデー』のテレビ版ともいうべき「酒井広うわさのスタジオ」(NTV)、「3時にあいましょう」(TBS)、「3時のあなた」(フジテレビ)等は、その番組をいちいち目にしなくても暗黙の了解をもちうるほどにわれわれの日常生活のなかで身体化しているのである。
これは、身体がマス・メディアにその身体性を託してしまったということでもあり、また、マス・メディアが生身の身体からその身体性を奪いとってしまったということでもある。われわれは、いまや影を売り渡したペーター・シュレミールになるのであり、実際には、テレビや写真雑誌なしには生きられなくなる。その場合、影なき身体の方は、その分だけリダンダンシーを失い、高速のスウィッチング回路のような存在になってゆく。記憶や情念のような冗長な部分は、すべて"外部"にまかせる傾向が強まる。こうした身体の願望的極限には高性能のコンピューターがある。コンピューターも記憶するが、この記憶は、集積ということであって、メモリーという言葉の語源に残されている"気づかい"、"回想"のような冗長性とは無縁である。
もし、この傾向がどこまでも貫徹されるのならば問題はないだろう。大脳をコンピューターで代替することは可能かもしれない。しかし、われわれは大脳だけで生きているわけではない。身体の各部があり、大脳の作用はつねにそれらと時間的なズレを起こす。武者利光によると、身体各部と脳とを結ぶ「神経軸索には不応期というものがあって、一つのパルスが通り過ぎた後、ある時間たたないと次のパルスを受けつけない」(『電子のゆらぎが宇宙を囁く』、朝日出版社)。
そうだとすれば、身体の冗長性、"血のめぐりの悪さ"は、電子テクノロジー的な環境がどんなに過剰化しても、堅持せざるをえない最後の一線ではないか? 逆に言えば、身体のこの冗長性は、何ものにも譲りわたすことができないのであり、マス・メディアなどがそれにとってかわることを許すわけにはいかない。
そのためには、マス・メディアが冗長性をもった環境とはならないことではあるが、大量に流通する雑誌・新聞、全国に定期的に流される放送は、すでにそれだけで拘束力のある環境を形成してしまう。
それゆえ、環境化したマス・メディアからわが身をもぎ離すには、マス・メディアを極力手段としてしか用いないことであり、いつでも自分の身体から切り離すことのできる身軽なメディアこそが本来のメディアであることを認識し、そのようなメディアをマス・メディアとは別に作ることだ。そのようなメディアの一つひとつは小さいが、そのつながりは必ずしも小さいとはかぎらない。その広がり方は、一面でうわさの広まり方に似ているが、その広がりはデマではなく、相互的なコミュニケイションのなかで作り出された共通意識である。
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