粉川哲夫の【シネマノート】

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ルアーブルの靴磨き
Le Havre/2011/Aki Kaurismä
★★★★ [4/5]

●すばらしいの一語につきる。

●「俺はむかし、パリでボヘミアン的な生活をしていたことがある」と主人公のマルセル・マルクス(アンドレ・ウィルムス)が言う場面がある。これ は、カウリスマキの1992年の作品『ラ・ヴィ・ド・ボエーム』(La Vie De Bohème/1992)との関連を示唆する。

●『ラ・ヴィ・ド・ボエーム』で薄幸のミミを演じたイヴリヌ・ディディが、本作ではパン屋の女主人を演じ、なにくれとなく主人公マルセル・マルクス(アンドレ・ウィルムス)を助ける。そういえば、ここに登場する犬の名もライカだった。

●いろいろな過去をにおわすバーのマダムを演じるエリナ・サロ (Elina Salo) は、『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』 (Hamlet liikemaailmassa/1987)、『マッチ工場の少女』 (Tulitikkutehtaan tyttö/1990)、『愛しのタチアナ』 (Pidä huivista kiinni, Tatjana/1994)、『浮き雲』 (Kauas pilvet karkaavat/1996)、『白い花びら』 (Juha/1999)、『過去のない男』 (Mies vailla menneisyyttä/2002)など、カウリスマキ作品の常連である。

●イヴェイヌ・ディディが病床のカティ・オウティネンに本を読んできかせるシーンで、読み終わったあと、本の表紙が映される。「Franz Kafka Nouvelles」→カフカの短篇集である。調べてみたら、この個所は、カフカがわずかにみずから刊行した短篇集『観察』の冒頭の短編「国道の子供たち」の後半のくだりだった。カウリスマキ がなぜこの章を選んで使ったのかが面白い。

『観察』は、カフカが生前に自分で出した数少ない単行本の1冊。出版に逡巡し、削りにけずってページの薄い本になった。ここでは、一見「客観」描写のように見える文章が続くが、実はそう単純ではなく、語と語、文章と文章、イメージとイメージとのあいだにシュールリアリスティックな飛躍がある。知覚されたものと夢想されたものとの境界がシームレスにズレるところは、のちのカフカの作品で際立つようになるが、それが『観察』では、実につつましやかに、あるいは隠微に形象化されている。
生前のカフカと交流のあったウィリー・ハースは、『文学的回想』(紀伊国屋書店、1959年)のなかで、カフカの才能を早くから洞察し、吹聴していたマックス・ブローとがカフカの短編の原稿(『観察』に収められたもの)を朗読したとき、そばにいたフランツ・ヴェルフェル(当時の売れっ子作家であり、アルマ・マーラーの再婚者→愚作『マーラー 君に捧げるアダージョ』にも出てくる)は、「これは、決してボーデンババッハの向こうでは読まれませんよ」(つまり、チェコ・ドイツ語圏の外では理解されっこない)と激しく否定し、ブロートは憮然として朗読をやめた、と書いている。

●このシーンのまえに映るのがサイドテーブルの上のケーキ。この映画でも、日常の安い食べ物(金に窮したアンドレ・ウィルムスが食堂で取るオムレツなど)が美味しく撮られている。

●これよりまえのバーのシーンで、刑事(ジャン=ピエール・ダルッサン→『キリマンジャロの雪』では、これとは一味違う味を出している――というより、この刑事役は、意図的にある種のパターンを演じている)がマダムにマルセルのことを探るシーン。ここで、この刑事が、マダ ムの夫を捕まえ、死刑台に送ったらしいことが暗示される。刑事が、慰めの言葉を発し、「そうしたのは俺だから」と言うと、彼女は、「あの人はああなる運 命だったのよと」いう。その諦め切った悲しげだが彼を恨んでいるわけではない表情が実にいい。


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