粉川哲夫の「雑日記」

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2024/01/29

反トランプの底流 E・ジーン・キャロル訴訟

トランプは、そのあくなき利己的な金銭欲と支配欲を実現するために弁護士やフィクサーを利用した。彼や彼女らときの多くは文字通りリアリティTVショウの『The Apprentice』よろしく首を切られ、使い捨てにされた。が、トランプの虚名はとどまるところを知らぬほど高まっていったから、勝てる見込みのない裁判でも引き受ける弁護士にはことかかなかった。負けて、トランプから切られても、トランプにくっついていれば彼の自己顕示的な露悪パフォーマンスのおかげで自分の名もあがり、それでひどい目にあっても、いずれは暴露本でも出してモトが取れるという勝算もある。これは、弁護士にかぎらず、トランプ政権 (2017–2021) で彼のもとで働き、後悔しながらも与えられたポストにしがみついていた連中の真意であった。そして、その実、彼や彼女らは、トランプのもとを去ったあとでも、それなりにモトを取っている。

しかし、それにしても、最近は、トランプのとりまきの質が急速に落ちてきた。1月26日(現地時間)に陪審が評決を下したE・ジーン・キャロルの強姦と名誉毀損訴訟に立ち向かったトランプの代理人・弁護士アリーナ・ハバ (Alina Habba) がよい例である。

ハバは、トランプの主任法律補佐官であるが、弁護士としての彼女の業績はお粗末である。他方、対する、キャロルの弁護士ロバータ・カプラン (Roberta Kaplan)は、「合衆国対ウィンザー」訴訟で勝利を勝ち取るなど、同性婚やLGBTQ+の活動家としての実績のある弁護士だ。彼女は、キャロルの代理人を引き受けてトランプに面会したとき、彼が、「あなたは俺の好みじゃない」と「男に対する女」としてあつかったことを批判的に回想している。トランプは、彼女の経歴はおろか、彼女がレズビアンであることも知らなかったのだろう。

キャロル対トランプ訴訟には、単なる性暴力の問題だけでなく、女性差別とそれに抗する闘いの運動が流れ込んでいる。トランプは、E・ジーン・キャロルという「女」など知らないと言っているが、少なくとも強姦問題に関してはすでに判決が出ている。2023年5月9日、性的虐待と名誉毀損の罪でトランプは、キャロルに対して500万ドルの損害賠償を払うという判決が出ている。むろんトランプは上訴するだろうが、今回の判決は、その名誉毀損が、まえの判決後も懲りなく続けられていることも斟酌した裁判であり、判決であることが重要である。つまり、今回の判決は、たとえ(まあ無理だが)強姦が将来、情状酌量的なものとしても、名誉毀損そのものの存在と重さは変わらないからである。トランプによるキャロルへの暴言はしっかりとメディアに残っている。この、いわば「性的虐待」を括弧に入れて、名誉毀損のほうに陪審の目を向けさせ、8,330万ドルの支払いを命じる判決に持っていくような腕は、アリーナ・ハバにはない。

出席義務のない日までトランプが出廷し、法廷では禁じられているヤジを飛ばし、ハバのほうも、ヒステリックな論理不明な主張をくりかえしたという法廷シーンは、日本の法廷同様、ライブ公開されることはなかったが、これこそ、まさにトランプ・ショウのクライマックスの一こまだったはずである。ただし、トランプは、自分が出廷する裁判はすべてライブ中継してほしいと思っているらしいから、一番残念がったのはトランプ自身だったかもしれない。だから、彼は、出廷ののち、ドアの外に待ち構えるメディアに対して、ぶうぶうの不満を語った。しかし、その苦言は、「これは俺が立候補するのを妨害する民主党の陰謀だ」とか「俺は魔女狩りの犠牲者だ」といった、判で押したようなもので、聴く者をハッとさせる発言は皆無だった。彼と彼の同伴者は、あいかわらず、「選挙は盗まれた」のセリフと同様に、嘘でも百ぺんくりかえせば「本当」になると信じているかのようである。

もともと、インターネットのようなインタラクティヴなメディア以前の新聞・ラジオ・テレビは、反復による宣伝を得意とした。インターネットも、SNSが普及してから「ヴァイラル」現象が起こり、インターネットの持つインタラクティヴなローカル性と回帰性は薄れた。これは、既存のマスメディアが新メディアを囲い込んだことであり、その意味で、トランプが今年の11月の大統領選挙で再選されるかどうかは、われわれを取り巻くメディア環境の現状況がいかなるところに来ているかを明示することにもなる。わたしは、まだ、インターネットのトランスローカルな特性を信じているので、トランプの再選には賭けない。(続く