「シネマノート」  「Polymorphous Space」


2014年第86回アカデミー賞予測の45日

アカデミー賞の予測を受賞日(2014年3月2日、西海岸時間)までの45日間、特設のブログに思いつきを書き込んだ。その全文を通しで読めるように以下にコピーする。毎度のことながら、当てることよりも、受賞してほしい願望が先行している。(粉川哲夫)


●作品賞と最初の印象
DATE: 01/18/2014 06:46:14
候補者・候補作のリストはいろいろなところに出ていますが、わたしは、iMDbの"Road to the OSCARS 2014"を便利に利用しています。

今回は、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』が5部門にノミネートされていますが、24日にある試写を見るまでは、全体の予測がしにくい状態です。しかし、スコセッシは、84回目の『ヒューゴの不思議な発明』でいい思いをしていますから、またぞろといういうことはまずないと思います。したがって、この作品をとりあえず括弧にいれても、予測はできると思います。

 《作品賞》の『アメリカン・ハッスル』,『キャプテン・フィリップス』,『ダラス・バイヤーズ・クラブ』,『ゼロ・グラビティ』,『her 世界でひとつの彼女』,『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』,『あなたを抱きしめる日まで』,『それでも夜は明ける』,『ウルフ・オブ・ウォールストリート』の9作品のうちで、わたしが一番新鮮さを感じるのは、『her 世界でひとつの彼女』です。
「近未来」という設定ですが、携帯電話がもうひとつの自我になりつつあるいまを鋭くとらえていますし、半睡のモノローグのような主人公(ホアキン・フェニックス)の意識状態の映像・音表現としてもユニークです。

ゼロ・グラビティ』の評判がいいですが、わたしは買いません。サンドラ・ブロックが最初のシーンで電子基板をいじりますが、技術作業としてはまるでインチキです。古い宇宙船のなかでマニュアル片手に操作すると動いてしまうシーンも子どもじみています。この映画のどこに映画としての未来性があるでしょうか?

ダラス・バイヤーズ・クラブ』は、好きな作品ですが、マシュー・マコノヒーが主演男優賞、ジャレッド・レトが助演男優賞の可能性にくらべると、すこし弱いかもしれません。

ウルフ・オブ・ウォールストリート』次第では、『アメリカン・ハッスル』も有望です。ただ、これに出ているジェニファー・ローレンスが助演女優賞を取ることはないでしょう。彼女の役は面白いし、熱演ですが、『世界にひとつのプレイブック』のティファニーと同じ双極性障害のキャラなのです。

ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』はいい作品ですが、関心は、作品よりも、俳優(ブルース・ダーン)のほうに行くのではないでしょうか? 

それでも夜は明ける』は、去年だったら受賞したかもしれませんが、ちょっと弱いかもしれません。

あなたを抱きしめる日まで』も、すこし渋すぎるのではないか?

こられについては、また書きたいと思います。


[コメント](埼玉の味噌ウ・ト保巣)
DATE: 01/18/2014 16:42:28
ブログ開設おめでとうございます!
です、ます調が新鮮ですね。

[リスポンス](T.K.)
DATE: 01/18/2014 17:05:40
埼玉の味噌ウ・ト保巣さま
コメントありがとうございます。ブログの機能はいろいろありますが、学習するならHTMLで書いたほうが楽なので、体が覚えてくれるのを待っています。そのうち、もうちょっとブログらしくなるかもしれません。それまでは、文章掲示板として見てください。
よろしくね。


●主演男優賞
DATE: 01/18/2014 18:54:28
《主演男優賞》候補は、以下の5候補である。
  クリスチャン・ベール(『アメリカン・ハッスル』)
  ブルース・ダーン(『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』)
  レオナルド・デカプリオ(『ウルフ・オブ・ウォールストリート』)
  キウェルティ・イジョフォー(『それでも夜は明ける』)
  マシュー・マコノヒー(『ダラス・バイヤーズ・クラブ』)

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』はまだ見ていないが、デカプリオが彼の演技人生のなかで飛躍的何かをこの作品で達成したとは思えない。

ベールが、『マシニスト』と反対のデブで禿げの男に挑んでいて、ワルながらせつなさをただよわせ、彼の演技の幅をまた少し広げてはいる。予備知識がなければ、最初に出てくるとき、その男がベールだとはわからないくらい役になりきっている。

しかし、マコノヒーのぶっ飛びぶりと比較すると、演技の質では互角でも、アッピール度でマコノヒーが有利だ。ベールも、『ザ・ファイター』で薬中でボロボロの人物を演じたが、合併症をわずらうマコノヒーの入れ込み方も尋常ではない。

ブルース・ダーンは、認知症も来ている老人の気難しさを見事に演じ、名優ぶりを見せるが、ダーンならばいつでもこのぐらいは出来るのではないだろうか? が、〝功労賞〟はないわけではない。

キウェルティ・イジョフォーは、『それでも夜は明ける』がテレビ映画的な〝抑圧もの〟であるせいか、その熱演が、脇役で出ているポール・ジアマッティのようなしたたかな《映画俳優》とくらべると、テレビ俳優的な〝わかりやすい〟だけ奥行のないものに感じられる。

とすると、今回は、マシュー・マコノヒーの受賞というところか?



●主演女優賞
DATE: 01/18/2014 20:07:10
《主演女優賞》の候補は、錚々たる俳優ばかりだ。
  エイミー・アダムス(『アメリカン・ハッスル』)
  ケイト・ブランシェット(『ブルージャスミン』)
  サンドラ・ブロック(『ゼロ・グラビティ』)
  ジュディ・デンチ(『あなたを抱きしめる日まで)
  メリル・ストリープ(『8月の家族たち』)

そのうち、これまでの演技の質を越えているとは思えないのは、エイミー・アダムスサンドラ・ブロックである。どちらの場合も、脚本と演出から不可避的に生じた結果であり、当人としては全力を発揮してはいる。

アダムスは、何をやってもどこかにお人好し的な気配があり、『アメリカン・ハッスル』の場合は、彼女が演じないほうがよかったのではないか?

ブロックの場合、脚本と演出が彼女の出演を想定しているようなところがあり、彼女のカマトト的なところとか、頑張りと体力には自信があるみたいなところは全部出せるようになっていて、新鮮味がない。地上に帰還し、砂浜にあがる姿を見て、あいかわらずだなという印象しかなかった。

ケイト・ブランシェットジュディ・デンチメリル・ストリープは、みな、何を演じても相当なことが出来る名優ばかりだが、あえて言えば、デンチが他の2人にくらべて、地味かなという印象を受ける。

ブランシェットは、彼女の演技としてもまた一段磨きがかかった感じがする。彼女は、ミア・ファーロー的な〝放心〟的な、ある種のオバカ的要素を微妙に取りいれながら、もうちょっと激しさのある女を演じる。ある意味で、彼女は、ウディ・アレン映画の道化的な男と、ミア・ファローが演じていた女にはなかった業の要素とをあわせ持った両性的な隠し味を加えている。

しかし、『8月の家族たち』のストリープを見ると、うまいなぁ、すごいなぁと思い、ブランシェットとは互角だという思いが深くなる。何度か見たら、〝うますぎて〟飽きが来るかもしれないが、名優の演技にはいつもそういうところがある。ただし、昨年の『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』に続けて受賞ということはないだろう。

というわけで、ウディ・アレン映画に、その〝伝統的〟なフレイバーを取り戻し、かつそれをひと味変えたという点で、ケイト・ブランシェットの受賞という予測をしてみる。


[追記]
DATE: 02/22/2014 04:26:21
「フィリップ・シーモア・ホフマン」のブログに書いたが、エイミー・アダムスは、〝性格のいいひと〟だと思うが、その点では、『アメリカン・ハッスル』のあのひと癖もふた癖もある女の役は無理だと思う。つまり主演女優賞に値しない。

詳細→クリック



●助演男優賞
DATE: 01/19/2014 01:48:34
以下の《助演男優賞》候補:
  バーカッド・アブディ(『キャプテン・フィリップス』)
  ブラッドリー・クーパー(『アメリカン・ハッスル』)
  ジョナ・ヒル(『ウルフ・オブ・ウォールストリート』)
  マイケル・ファスベンダー(『それでも夜は明ける』)
  ジャレッド・レト(『ダラス・バイヤーズ・クラブ』)
のうち、マイケル・ファスベンダーが受賞する確率は低いだろう。演技はわるくないが、『悪の法則』や『危険なメソッド』よりよいというわけでもない。賞は前歴を加算する面もあるから、わからないが、助演でいい仕事をした俳優なら『それでも夜は明ける』にはまだまだたくさんいるだろう。

ブラッドリー・クーパーは、『世界にひとつのプレイブック』で、『ハングオーバー』以来の〝定番〟(それは面白くユニークだが)を越え、『アメリカン・ハッスル』で完全に脱皮した感じがするが、逆にその分、彼の独特さが弱くなった。もし、『アメリカン・ハッスル』から助演賞をさがすのなら、なぜジェレミー・レナーを入れなかったのかと思う。彼のほうが、クーパーより全然いいじゃないか。

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のジョナ・ヒルは、メガネをかけているとはいえ、『ディス・イズ・ジ・エンド』の彼とは別人のようだ。まして『ジャンゴ 繋がれざる者』のチョイ役からは飛躍的な存在感である。が、この程度なら、クーパーファスベンダーも互角以上の域に達している。

こうなると、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』でマシュー・マコノヒーのサポート役としてまさにコンヴィンシングな助演をしたジャレッド・レトと、『キャプテン・フィリップス』ですさまじく冷酷な海賊を演じたバーカッド・アブディとの決戦になる。が、しかし、実にうまいが、他の役者でもできなくはないレトのゲイ演技にくらべると、超大国に骨までしゃぶられ、身も心もすさみ切るところまで追いつめられた末に生まれるであろうキャラクターを演じているアブディにかなりのメリットがある。

というわけで、いまの時点では、バーカッド・アブディとしておこう。



●助演女優賞
DATE: 01/19/2014 02:43:04
《助演女優賞》の5人:
  サリー・ホーキンス(『ブルージャスミン』)
  ジュリア・ロバーツ(『8月の家族たち』)
  ルピタ・ニョオンゴ(『それでも夜は明ける』)
  ジェニファー・ローレンス(『アメリカン・ハッスル』)
  ジューン・スキップ(『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』)
のなかからひとりを選ぶのはなかなかむずかしい。

サリー・ホーキンスは、『何かいいことないか子猫チャン』、『どうしたの、タイガー・リリー?』、『泥棒野郎』、『ウディ・アレンのバナナ』と、初期のアレン映画にでずっぱり(彼の夫人でもあった)ルイーズ・ラッサーを、『マンハッタン』のシェリー・デュヴァル(アルヴィ・シンガーが音をあげる女役)で割ったような感じのキャラクターで、アレン世界にはぴったりだが、もうちょっと行けたのではないかという印象が残る。

ジュリア・ロバーツは、メリル・ストリープを立てて、自分のスター性を極限まで抑えているが、基本的に助演の女優ではない。ついつい主演を越えてしまうようなところが出る。が、全体としてはいい演技だ。

ルピタ・ニョオンゴは、一途な演技で好感がもてるが、『それでも夜は明ける』という作品がテレビ的で、わたしは買わないので、彼女には、次回以後の作品に期待したい。

『アメリカン・ハッスル』のジェニファー・ローレンスは、日本のシャイな観客のあいだにも笑いをもたらしたほどスリリングな演技だったが、こういう双極性障害(バイポラール)的キャラクターは、『世界にひとつのプレイブック』のティファニーの直線的な円熟版であり、演技としての飛躍はない。

ジューン・スキップは、ブルース・ダーンが演じたウディの妻役だが、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』のなかでもっと光った演技を見せたのは、ウディとかつてラブ・アフェアーがあったらしい老婦人を演じたアンジェラ・マキューアンだろう。

ある意味ですべて互角の感じがするので、ルピタ・ニョオンゴあたりに行く可能性も大だが、いまの時点ではジュリア・ロバーツにしておく。



●監督賞
DATE: 01/19/2014 04:14:06
《監督賞》の
  アルフォンソ・キュアロン(『ゼロ・グラビティ』)
  スティーブ・マックイーン(『それでも夜は明ける』)
  デイヴィッド・O・ラッセル(『アメリカン・ハッスル』)
  マーティン・スコセッシ(『ウルフ・オブ・ウォールストリート』)
  アレグザンダー・ペイン(『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』)
のうち、わたしの偏見かもしれないが、スティーブ・マックイーンは、最初からはずしておきたい。『それでも夜は明ける』は、その音効果からしても、歴史映画というよりも、〝ホラー〟テレビである。マックイーンが監督賞に選ばれるとすれば、ハリウッドの映画評価の基準が変わったとしか言えない。

いまの時代のオタク的テクノロジー志向からすると、アルフォンソ・キュアロンが選ばれる可能性は大きい。

昨年、『世界にひとつのプレイブック』で無念の思いを味わったデイヴィッド・O・ラッセルは、今度こそ受賞したいところである。もし、『ゼロ・グラビティ』には《撮影賞》や《美術賞》をあたえ、《監督賞》はおあずけという選考のバランス感覚が働くならば、受賞の可能性はある。それが好ましいと思うが、『ゼロ・グラビティ』に思い入れする選考者がかなりいるようで、結果はわからない。

『ゼロ・グラビティ』の映像志向も、『アメリカン・ハッスル』のヤバさも嫌う選者からすると、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』のデイヴィッド・O・ラッセル演出の評価は高くなるだろう。

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は、トレーラーの断片やレヴューで見るかぎり、スコセッシの演出は、『ヒューゴの不思議な発明』よりも粗い。ドラッグ的ノリノリ気分と証券バブルをひっかけているスピード感はなかなかのものとしても、スコセッシにはもっといい作品が数多くある。

というわけで、デイヴィッド・O・ラッセルは、寡作ながら質の高い作品を演出し、一昨年(第84回アカデミー賞)も『ファミリー・ツリー』で監督賞の候補に上がりながら機会を逸しているので、今年は彼が受賞するのが順当だろう。



●作品賞・主演男優賞・主演女優賞・助演男優賞・助演女優賞・監督賞の当面の予測
DATE: 01/19/2014 04:47:55
まだあと、《脚本賞》、《脚色賞》、《長編アニメ映画賞》、《外国映画賞》、《撮影賞》、《編集賞》、《美術賞》、《衣装デザイン賞》、《メイクアップ賞》、《作曲賞》、《歌曲賞》、《録音賞》、《音響編集賞》、《視覚効果賞》、《長編ドキュメンタリー映画賞》、《短編ドキュメンタリー映画賞》、《短編アニメ賞》、《短編実写映画賞》が残っているが、リサーチが必要なものも多く、随時書き込んでいくとして、当面の予測をまとめると以下の通りである。

《作品賞》 『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅

《主演男優賞》 マシュー・マコノヒー

《主演女優賞》 ケイト・ブランシェット

《助演男優賞》 バーカッド・アブディ

《助演女優賞》 ジュリア・ロバーツ

《監督賞》 デイヴィッド・O・ラッセル


[コメント](埼玉の味噌ウ・ト保巣)
DATE: 01/19/2014 08:08:17
「出来上がった枠に文字を書き込むだけ」を行ってみた感触はどうでしょうか?

読む側とすれば、目の前でトランスミッターをハンダ付けしてもらっているような、パフォーマティヴな感じがしますよ。

おぉー、出来上がってくるなぁ、という。


[リスポンス](T.K.)
DATE: 01/19/2014 19:32:06
埼玉の味噌ウ・ト保巣さま

ブログにも「枠」があるのですが、紙メディアの字数制限+自分ではないひと(デザイナー)という厳然たる枠とはちがい、ほとんど自由な調整がきくわけです。つまり紙メディアとは違う。

その意味では、書きやすいんですが、最初<デスマス>調で始めたのに、途中から<デアル>調になってしまった(気づかずに)ことでもわかるように、やはり、「枠」が機能しているんですね。

ときどき、誤字などを直しています。下の執筆時間表示でわかります。でも、ケアレス以外の誤記をこっそり直して何食わぬ顔をするのはやめたいです。モラル的にではなくて、ライブ性という点でです。
コメント感謝!



●脚本賞
DATE: 01/20/2014 20:12:29
《脚本賞》の原題は、"Best Writing, Screenplay Written Directly for the Screen"で、問題の映画作品のためだけに書かれた脚本を意味する。小説や戯曲を脚色したものと区別しているわけだが、スコセッシは、ニューヨーク大学の学生時代の師匠のヘイグ・マヌーギャンから「脚本というものは自分で書くものだ」と言われ、以後その通りにしているという。やはり、脚本は監督自身が書いたほうがいいと思う。

で、早速そのイデオシンクラティックな基準で、別に脚本家がいるものをはずすと、
  デイヴィッド・O・ラッセル(『アメリカン・ハッスル』)
  ウディ・アレン(『ブルージャスミン』)
  スパイク・ジョーンズ(『her 世界でひとつの彼女』)
  ボブ・ネルソン(『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』)
  クレイグ・ボーテン+メリッサ・ウォーラック(『ダラス・バイヤーズ・クラブ』)
のうち、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』と『ダラス・バイヤーズ・クラブ』が落ちる。それが妥当かどうかはわからないが、とにかくここではとりあえず、そういう操作を試みてみよう。

残りの3作のうち、『ブルージャスミン』は、これまでのアレンの脚色とくらべて群を抜いているわけではない。

『アメリカン・ハッスル』は、『スリー・キングス 』(99)、『ハッカビーズ』(04)、『世界にひとつのプレイブック』(12)あたりとくらべてどうかというと、微妙だと思う。ラッセルはみないい。

しかし、オリジナリティとアクチュアリティ(いま性)という点では、『her 世界でひとつの彼女』(スパイク・ジョーンズ)がダントツではないか?



●脚色賞
DATE: 01/21/2014 00:00:06
《脚色賞》に関しては、原作を読んでいるものが全然ないので、完全な当てずっぽうである。

候補は、以下の5作である。
  リチャード・リンクレイター(『ビヨンド・ミッドナイト』)
  ビリー・レイ(『キャプテン・フィリップス』)
  ジョン・リドリー(『それでも夜は明ける』)
  テレンス・ウィンター(『ウルフ・オブ・ウォールストリート』)
  ジェフ・ポープ(『あなたを抱きしめる日まで』)


ビヨンド・ミッドナイト』の脚本は、出演のジュリー・デルピー、イーサン・ホーク、監督のリンクレイターの3人が相談しながら書き、最後にリンクレイターがまとめたという。何か原作があって脚色したわけではない。その意味では、脚色賞よりも脚本賞に入るべきではないかと思うが、デルピーとホークが思いつきで出した台詞やアイデアをここまでまとめたという点ではリンクレイターの脚色力が発揮されたというべきなのかもしれない。非常に自然でスピーディに語られるのでアドリブかと思わせるが、この映画はすべて厳密な脚本にもとづいているという。その作り方のユニークさは他を圧するが、<脚色>という点にこだわると、<デルピーとホークの雑多なメモをよくもここまでまとめたな>という皮肉な意味に解せて、ハンデをつけたくなる。

それでも夜は明ける』は、何度も書くように、わたしは作品自体が〝テレビ〟作品(だからゴールデン・グローブ賞にこそふさわしい)だという偏見があるのだが、まあ脚色力としては相当なものなのだろう。

しかし、原作を〝まじめ〟に追い、しかも映画としてのダイナミズムを盛り込んだ脚色の点では、『キャプテン・フィリップス』のほうが映画的であり、魅力に富む。だから、<普通の>意味で「すぐれた」脚色という意味では、『キャプテン・フィリップス』が優位である。

が、他方、脚色的<飛躍>という点では、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は映画でしかできない飛躍を感じさせるし、『あなたを抱きしめる日まで』も、味気ない現実に寛容な距離を置く。

『あなたを抱きしめる日まで』は、原作だけ読めば、アイルランドの修道院で婚外子を産んだ娘が、奪われた息子を50年後にジャーナリストといっしょに探す話で、わかってくるのは、味気ない話である。が、映画は、そこに宗教や運命のさまざまな糸が介在し、結局は現実というものの数奇さを味あわせるという脚色になっている。その脚色はなかなかのものだと思う。

当面は、好みだけから、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』にしておく。



●作品賞の表記の訂正と『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』短評
DATE: 01/21/2014 03:19:52
ふと気づいたら、あとから加えた右側の「最新の予測」欄の《作品賞》が『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』になっていることに気づいた。これは、誤りである。

《作品賞》については、1月18日の「最初の印象」で検討したが、そのとき、わたしは、<9作品のうちで、わたしが一番新鮮さを感じるのは、『her 世界でひとつの彼女』です>と書いた。『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』に関しては、<いい作品ですが、関心は、作品よりも、俳優(ブルース・ダーン)のほうに行くのではないでしょうか?>と書いた。

この項目だけ<デスマス>調で書かれており、どうやら、読者へのコメントでも書いたように、モードがちがっていたようだ。《作品賞》は別の項を立てて論じるつもりが、その先の《主演男優賞》に飛んでしまったらしい。

正直言って、わたしは、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』のブルース・ダーンの演技には感心したが、作品自体には感動しなかった。けっこう泣いたひとがいるらしいが、大体、雑誌の「あなたは100万ドルの賞金に当たりました」といった広告目当てのヒッカケ手紙を真に受けて、その賞金をもらいにネブラスカまで行こうと思い込んでいる認知症気のある老人がいたとしても、その気持ちを実現してやろうと出版社のあるネブラスカまで連れて行き、それがインチキだったことを父親が知って失意に陥ると、100万ドルの賞金で父が買おうとしていたものを自前で買ってあたえる息子というのは、おせっかいきわまりないのではないかと思う。これは、認知症の老人をバカにしている。歳を取って失意に陥るのは自業自得であり、それは老人の権利でもあるとわたしは思うのだ。

映画自体は、手堅く撮った作品だと思うし、大金が当たったと思い込んでいる認知症気のある老人とその妻、金を持っているというと態度の変わる周囲の醜さ、そういう現実の盾になりながら父親の夢をかなえる息子をきめ細かく描いている「心温まる」ウエルメイドの作品ではあるが、こういうテーマを描くのなら、もうちょっと《外部》への通気口を作っておいてほしいと思うのだ。これでは、〝善良〟な観客へのヒッカケ手紙みたいである。



●長編アニメ映画賞
DATE: 01/21/2014 05:48:04
アニメに関しては、わたしは批評の資格がほとんどない。あまり見ていないので、素養がないのだ。が、今回《長編アニメ映画賞》の候補に選ばれた作品は、たまたま全部見ていた。だから、素養はないが、何とか自分の評価を搾り出してみよう。

おそらく、受賞は、宮崎駿の功績と引退を祝福、いやちがった、記念して『風立ちぬ』におさまるのではないかという気がする。しかし、わたしは、宮崎駿のアニメの絵柄とテーマが好きでない。<好きではないが結果はこうなるだろう>という「実質的予測」はもうすこしあとでやるとして、ここでは、わたし自身の評価にもとづいた予測をしてみたい。

そうすると、『風立ちぬ』とともに、『アナと雪の女王』、『怪盗グルーのミニオン危機一発』、『アーネストとセレスティーヌ』もはずさざるをえない。

アーネストとセレスティーヌ』は、渋い手書き調の絵で、嫌いではないが、わたしの好みとしては渋すぎる。『怪盗グルーのミニオン危機一発』も、ヒロインが飛行機から飛び降り、パラグライダーを空中で開くシーンなどなかなかいいと思った。が、どうも子ども向きなのです。

アナと雪の女王』は、目くじらを立てるほどのことは皆無のはずだが、わたしは、アナ(声:クリステン・ベル)がときどき見せるえらくタチの悪そうな目つきが気になってしかたがなかった。これは、アニメ技術の特性から来るものなのか、あるいは、モーション・キャプチャーもやっているはずのクリステン・ベルの癖がそのまま引き継がれたのかもしれない。とまどったときに女性が見せる目つきにこういうのがないわけではない。あるいは、アニメの素養のないわたしが、この作品のなかでのその目の必要性を理解していないだけなのかもしれない。が、とにかく、その目付を見るたびに、わたしはげんなりとなっていまったのだった。

目つきといえば、『クルードさんちのはじめての冒険』の登場人物は、みな目つきが悪い。優しくユーモラスな目を見せながらも、その底に粗野な目つきが残っている。だが、この作品の原題の"The Croods"は、"crude"(粗野な、天然の、露骨な)を含意しており、単に「クルード一家」という意味だけでない。つまり、その「粗野」な目つきは意図したものなのだ。

登場人物たちの表情の質感、体や表情の色気と物たちのフェティッシュな情感は、他の4作をはるかに越えている。アニメの作り方がちがうというべきなのだろうが、わたしは、アニメならこの種の生々しさを持ったものでないと見ることが出来ないのだから、仕方がない。



●外国映画賞
DATE: 01/22/2014 02:49:54
《外国映画賞》というのは、かなり幅があるらしいが、『ザ・ミッシング・ピクチャー』は、むしろドキュメンタリーに入れるべきではないか? この作品は、東京フィルメックスで上映され、非常に評価の高かった作品である。YouTubeにもトレイラーや断片があり、どんな映画であるかの予測はつく。クメール・ルージュの時代を描くために、当時のドキュメンタリー映像と監督のナレーションにくわえて人形アニメの映像を使っているところがユニークだ。が、場所はインドネシアだが、《長編ドキュメンタリー映画賞》の候補にはいっている『アクト・オブ・キリング』が、似たような虐殺の時代を一般人に「再現」するソーシャル・パフォーマンス風のアクションをさせていることを思うと、『ザ・ミッシング・ピクチャー』もドキュメンタリーのあつかいでよかったのではないかと思うのだ。

オーバー・ザ・ブルースカイ』は、ベルギーにとどまらず海外での高い評価にもかかわらず、わたしは5分で出たくなった感傷主義と田舎主義の映画だった。ベルギーの田舎などによくいる60年代オタクの男と女(ヨハン・ヘルデンベルグとベルル・バーテンス)のロマンティックな出会い、娘の誕生とブルーグラス系のバンド仲間との幸せな日々、娘の白血病と救いのない治療、考え方と信念の相違がふたりを追い詰め、娘の病の悪化とともに、女は命を絶つ。救いのない話だが、それよりも、泣いてくださいと言っているような演出がうざったい。絶賛する者は、映画を見て泣きたいのであろう。が、そういう手法("schmaltz")を感情操作だと思うわたしには、とても受け入れられない。ただし、映画の時代は911の時代にあわされており、G・W・ブッシュが、胚(はい)性幹細胞(ES細胞、Embryonic stem cell)研究への支援を求める法案に拒否権を出すテレビニュースのシーンが見え、それをめぐってふたりが口論するシーンがあるから、ブッシュのプロテスタント信仰、アメリカ等に対するふたりの意見の深いところを問題にしようとしているのかもしれないが、その感傷的なムードからすると、そういう要素はただのプリテンションに見えてしまう。

偽りなき者』は、うっかり幼い女の子に優しくなど(ましてハグするなど)できないということを思わせる〝ホラー〟の傑作である。いや、映画は、怖がらせるのではなく、ちゃんとリアリズムでその過程を撮っており、この映画を見たある女性は、主人公(マッツ・ミケルセン)に不当な仕打ちをあたえる田舎町の住人たちに機関銃をぶっぱなしてやりたいと言っていた。そういう偏見を子どもに植え付けるトラウマティックな環境と信仰のゆがみを描いているという点ではすぐれた作品だが、こういう作品はほかにもあると思わせるところが弱点かもしれない。

追憶のローマ』は、赤毛の恥毛にソ連の鎌とハンマーのマークのある女がローマの遺跡の巨大な石の柱に向かって素っ裸で突進するシーンとか、歯の抜けた屍的な風貌の尼さんの意味ありげなサド・マゾ的な身ぶりと表情とか、フェリーニ的なナルシシズムとイマージネーションにあふれた作品であるが、全体が思わせぶりの感じで、受賞作にはいまいちと思う。

Omar』は、断片しか見ていたのだが、『パラダイス・ナウ』の監督ハニ・アブ・アサドが、ふたたびパレスティナ/イスラエルの錯綜する現実を描いており、その映像の断片から見える鋭さとアクチュアリティは相当なものであるような気がする。

とりあえず、『Omar』を選ぶ。



●撮影賞
DATE: 01/22/2014 03:56:28
ゼロ・グラビティ』にずいぶんいちゃもんをつけたが、撮影と美術(プロダクション・デザイン)で出来上がっているこの作品に《撮影賞》をあたえなかったら、ちょっと残酷すぎるだろう。

インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』は、アップの撮り方が魅力的だが、うまいと思う雪のシーンも、テオ・アンゲロプロスの『エレニの帰郷』などを見ると、きわめて平凡に見える。

ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』は、その技法を目立たせない円熟した撮影で、正道だと思う。このへんは、わたしのような撮影のアマには全くわからない技が発揮されており、偉そうなことは言えない。

プリズナーズ』も、正統的な撮影で、冒頭、雪で白らむ林のシーンの自信にあふれた安定感が見る者を映画世界に引き込む。遠・中・近の秀才的な映像バランスの撮れた撮影は、映画撮影の模範だ。わたしは、こういう映画に、撮影レベルでは一番魅力を感じる。

グランド・マスター』は、やっぱり使うかハイスピードと言いたくなるシーンが多いが、そう思いながらも惹き込まれている自分を感じるようなうまさがある。やっぱりうまい撮影なのかなと思いながらも、いや、出演者のカンフー・アクションのうまさの成果があってのことかなという自問が残る。ウォン・カーウァイの〝仁徳のなさ〟である。いや、彼に仁徳のなさを感じるわたしの偏見である。

被写体があり。レンズのついたカメラで撮影するという古典的な撮影の優秀さという意味では、わたしは、『プリズナーズ』を一番高く評価する。賞選考の盛り上がり方からすると、『ゼロ・グラビティ』に行く公算が大だが、いまは、『プリズナーズ』の受賞を祈願してみる。



●編集賞
DATE: 01/22/2014 05:35:47
いい映画で編集がダメということは絶対にありえない。だから、面白い映画、出来のいい映画は、編集もすぐれている。

が、《編集賞》にあがっている5作――『それでも夜は明ける』、『アメリカン・ハッスル』、『ゼロ・グラビティ』、『キャプテン・フィリップス』、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』――のうち、『それでも夜は明ける』は、テレビ的編集の成果であり、『ゼロ・グラビティ』は、編集が主力を発揮しているような作品である。おそらく、『それでも夜は明ける』の編集を高く評価する者は、『ゼロ・グラビティ』には異を唱えるだろう。

アメリカン・ハッスル』と『キャプテン・フィリップス』と『ダラス・バイヤーズ・クラブ』の3作は、ある意味で「映画的」な編集の作品であり、そのなかでは、『キャプテン・フィリップス』が一番「わかりやすい」直裁的な編集を採用しており、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』は、ポップ調、『アメリカン・ハッスル』はけっこう凝っている。

ゼロ・グラビティ』は、これらの作品とは全然異なる質の編集をしているから、本当は、同列にあつかうことができない。『ゼロ・グラビティ』にとって、俳優の身体は二次的であり、《主演女優賞》候補のサンドラ・ブロックは、〝無重力状態〟のための特殊撮影のための〝演技〟でがんばったかもしれないが、それは彼女でなければ出来ないことではなかった。

迷うのは、テレビ的編集の『それでも夜は明ける』を評価するか、コンピュータ依存度の高い『ゼロ・グラビティ』を評価するかは対照的な選択になるが、この2つに対して、他の3作が、「古典的」な編集の作品としてそれほど飛び抜けているわけでもないという点だ。

この3作についてもうすこし考えなおすまで、『ゼロ・グラビティ』にしておく。


[コメント](埼玉の味噌ウ・ト保巣)
DATE: 01/22/2014 17:15:29
こんにちは。ゼロ・グラビティの原題はGravityですよね?
堀江貴文氏が、「ゼロ」という本を出しています。「僕の目標は、民間の手で有人宇宙船を生産し、一人あたりの打ち上げ費用を100万ドル以下、つまり1億円以下にまで引き下げていくことである。」だそうです。
永遠の0、というのもありますね。ゼロにあやからないといけないのでしょうかね?あっ、「ゼロ」の低下は1400円です。ゼロを並べて1000円ピッタリが良かったです。


[リスポンス](T.K.)
DATE: 01/23/2014 04:48:40
コメントありがとうございます。
原題は、"Gravity"であって、それを単に物理学的な「重力」と理解した場合でも、それが「ゼロ」つまり「無重力」だとは言っていないわけです。
むろん、宇宙空間上の「無重力」が問題なんですが、同時に、"gravity"という言葉が持つ「重大性」とか「真剣さ」とか「危険性」という意味も含めてそう名付けられているのだと思います。
なお、"Gravity"には、俗語辞典によると、"A women's worst enemy."(女の最悪の敵)という意味があるそうです。



●『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を見た
DATE: 01/25/2014 06:39:50
開場の30分まえに丸の内ピカデリー3に行ったら、階段の列が5階から1階まで伸びていた。やっと入場すると、「関係者席」と衣服や帽子などで友情的に取り置かれた席が多く、空いている席を見つけるのが大変だった。USAでは昨年12月25日に封切られたが、日本ではこれが公式の初試写である。

アモラルでブラックユーモアをも飛び越えてしまう圧倒的なパワーに、アカデミー賞の予想を再検討しなければならない必要を感じさせた。

酒やさまざまなドラッグで超盛り上げて、セックスや子どもっぽい悪さをやりまくり、最後はコカインで〝平常〟にもどすパターンのくりかえしは、ヘドニズムの極致で大いに笑えるが、会場からは笑いは洩れなかった。みんな押し隠していたのかもしれない。

基本的にこの笑いは、非日本的だ。ある意味、堀江貴文氏も、この映画のモデルのジョーダン・ブルフォート(レオナルド・ディカプリオ)の100分の1ぐらいの似た経験をしたはずだが、彼の物語は、この映画に比べればつつましすぎる。こういう脂ぎった笑劇(ファルス)の土壌がないのだろう。

こういうハレンチを表現そのものにしている映画になると、日本の文化環境の限界が露呈する。たびたび登場する売春婦嬢の裸の恥毛は、ボカされているのは御多分にもれない。ナオミ(マーゴット・ロビー)にジョーダンが初めて会って惚れてしまうパーティシーンで、彼女の姿を見て欲情したドニー(ジョナ・ヒル)がパーティー客がひしめく会場でチンコを出してマスターベーションを始めるシーンでは、ちゃんと映っているはずの彼の(かどうかは別として)ペニスにボカシが入る。この映画、本当は、こんなレベルでごまかしてはならないのだけれど。

この映画が「この物語は実際の出来事にもとづいている」とされるとしても、それを「事実」とみなすのはばかげている。原作は、2008年に『ウォール街狂乱日記―「狼」と呼ばれた私のヤバすぎる人生』というタイトルで邦訳( 早川書房)の出た(いまは映画に合わせた『ウルフ・オブ・ウォールストリート』上下)ジョーダン・ブルフォートの自伝であるが、これを一読すればわかるように、いわばマーク・トウェインの『ハックルベリー・フィン』的な<法螺話>のスタイルで書かれている。だから、この映画も一種の<法螺話>として受け取ることが必要なのであり、それがこの映画のドラッグのりのイケイカバンバンスタイルとして継承されているのだ。

この映画が新しいとすれば、ハリウッド映画が陥っているロマコメ志向を完全に否定している点である。ここには、味気ないくらい、ロマコメ的なロマンスやメロドラマはない。カイル・チャンドラーが演じるパトリック・デナムというFBI捜査官が唯一、この映画のなかでは、ジョーダンを批判的な目を向け、いつもメランコリックな表情をしている。それは、ある意味では、この映画の唯一の〝良心〟を体現するという見方もできるが、わたしはそうは見ない。むしろ、これこそがハリウッド的ロマコメの表情とキャラクターなのだ。ジョーダンを逮捕に持ち込むことに成功したあと、デナムが地下鉄の乗っているシーンがある。彼の目に、ジョーダンらのご乱行や蕩尽的生活とは無縁そうな〝庶民〟の姿が映るが、これは、ハリウッド的伝統描写へのスコセッシのわずかなサービスであるにすぎない。だから、次のシーンでは、こんなシーンはすぐさまハレンチなムードにたちもどる。

スコセッシのしたたかさは、マシュー・マコノヒーを短いながら強烈なキャラクターとしてこの映画に登場させている点にあらわれている。これで、彼の主演男優賞の可能性はかなりそがれた。彼が演じる、ジョーダンの最初の上司(というよりも導師)が、株屋の秘訣を教えるシーンは何度でも見たいほど面白いし、マコノヒーの演技としても秀逸だ。彼がここで見せる胸を叩きながらハミングしてビートを取るしぐさは、この映画の基調低音(法螺話の伴奏)になっており、実際にその声がエンディングでつかわれている。

最後のほうで、刑期を終えたジョーダンが(まさに堀江貴文のように)テレビショウに頻繁に顔を出すようになるひとこまを活写するようなシーンがある。そこで、彼を紹介する司会者が、本物のジョーダン・ベルフォードである。これも、なかなか意味深である。本物と役者との逆転関係が確信犯的に示唆されるからである。ようするに、この映画の「ジョーダン・ベルフォード」は、「本物」でも「映画のキャラクター」でもないということだ。

デカプリオがアカデミー賞の主演男優賞を獲るかかどうかだが、この映画のノリノリの調子で選考が進むならば、その可能性があるだろう。しかし、ジョーダン・ベルフォードの彼の演技が傑出しているかどうかというとそうとは言えない。

この映画のデカプリオは、爬虫類的で、表情の奥がない。いわばコミックのキャラクターのように表層だけの存在である。それが意図的なものだとしても、彼にはもともとそういうところがある。皮膚のダイナミック・レンジが狭いと言うこともできる。『J・エドガー』のように、深いメイクに向いている。『ジャンゴ 繋がれざる者』ではその地がうまく活かされた。非情なキャラだったからだ。『華麗なるギャツビー』でも、ギャツビーが大人になりきれない男という解釈なら、まあまあ悪くはなかった。『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』はワルガキっぽさがうまく活かされた。『タイタニック』は単純なキャラクターだから問題ない。『ザ・ビーチ』もガキ役だから問題ない。『シャッター アイランド』となると、精神病理学的に屈折した役だから、すこし苦しかった。が、ジョーダンに、YouTubeで見ることのできる本物のように、ディカプリオのジョーダン以上の屈折や陰影をあたえたら、やはり、この映画はロマコメの流れに回帰してしまうかもしれない。

このへんを含めて、この映画が関係している作品賞・主演男優賞・助演男優賞(ジョナ・ヒル)・監督賞・脚色賞について再検討する必要がある。

[コメント]( 埼玉の味噌ウ・ト保巣)
DATE: 01/25/2014 18:42:58
こんばんは。粉川さまの言う「イケイケバンバンスタイル」のこの作品を観た日本の観客が、「あぁ、楽しいことを追いかけて、自分もイケイケバンバンでいけばいいや!」と少しでも思うのか?
「いや、こんな連中、はしたない、こういう振る舞いだけはしたくない。」と思うのか?が気になります。
わたしの友人などをみていると、どうも株や外国債に手を出すと、大きく儲ける時もあるのですが、その資産が少しでも減ることに恐怖をおぼえ、結果、オケラになるパターンが多いみたいです。

[リスポンス](T.K.)
DATE: 01/25/2014 22:14:48
「イケイケバンバンスタイル」というのは、ドラッグやって乱交パーティやってというやつですから、日本の場合、おおっぴらにやればみんなお縄頂戴です。なので、警戒感というか、そういうのは何が何でもダメという洗脳を受けているので、とまどってしまうのでしょうね。とにかく、日本という国は、「別にぃ」なんて言葉だけでも、「いかがなもんか」と総スカンを食ってしまうところですから スコセッシは、この映画をみんなで大笑いしながら作ったと思います。でも、それは日本ではXなんでしょう。



●美術賞
DATE: 01/26/2014 02:49:17
候補に挙がった5作品(『それでも夜は明ける』、『アメリカン・ハッスル』、『ゼロ・グラビティ』、『華麗なるギャツビー』、『her 世界でひとつの彼女』)をプロダクション・デザインという見地で等しく評価することは難しいだろう。とりわけ、『her 世界でひとつの彼女』と『ゼロ・グラビティ』とは、他の3作とは異なるデザイン性を追求している。

わたしは、『her 世界でひとつの彼女』のリアルでかつイメージ喚起力に富むプロダクション・デザインがすばらしいと思うし、これ見よがしでないところを評価するが、この映画の基底に、競争や頑張りのムードとは全く異なるスローな気分が横溢している点で、あえて同列に評価しないことがこの作品への敬意だと思う。

そもそもデザイン性だけをアグレッシブに特化して追及した成果であるという点で、『ゼロ・グラビティ』にする。



●衣装デザイン賞
DATE: 01/26/2014 02:52:54
衣装デザインから見たとき、『華麗なるギャツビー』、『それでも夜は明ける』、『グランド・マスター』、『The Invisible Woman』、『アメリカン・ハッスル』の5作は、それぞれに<ある時代>を意識して衣装を選び、デザインが決められているが、<時代に忠実>というロジックを大胆にはずしている面もあるという点で、『グランド・マスター』を選ぶ。



●メイクアップ賞
DATE: 01/26/2014 02:55:02
ダラス・バイヤーズ・クラブ』のマコノヒーの激痩せ男も、『ジャッカス クソジジイのアメリカ横断チン道中』で1971年生まれのジョニー・ノックスビルが扮する80すぎの老人のメイキャップも、どちらも隙がない。迫真に迫っている。どちらのキャラも笑える。それにしても、『ジャッカス クソジジイのアメリカ横断チン道中』のちび(ジャクソン・ニコル)はけたはずれにうまい。うますぎる。

それに対して、『ローン・レンジャー』でジョニー・デップが演じるインディアンの皺だらけの顔のメイキャップは、技術的には手が込んでいるのかもしれないが、その効果は一義的である。ただし、この映画は非常に手堅いプロダクション・デザインと出演者のメイキャップを見せるから、作品全体としてのメイキャップ度はまえの2作に勝るとも劣らない。

とはいえ、マコノヒーの激痩せの努力も買って、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』を選ぶ。



●作曲賞
DATE: 01/26/2014 22:24:39
映画を見ながら音楽だけを聴くというのは特殊な場合で、通常は映像や台詞などとの相乗効果のなかで聴く。だから、音楽だけを単独に聴くと、全然だめな場合がある。しかし、それをあえて試み、選り分けをしてみる。さいわい、YouTubeで問題の曲のさわりを聴くことができる。Best Original Score Nominees (2014)などというサイトもある。

映画のなかでも、意外によかったのが、『やさしい本泥棒』のジョン・ウィリアムズの曲。わたしは、ウィリアムズには飽き飽きしており、とりわけこれでもかこれでもかと盛り上げる音には〝公害〟すら感じることが多かったが、この作品では、大仰な盛り上げ効果がぐっと抑えられていて、悪くない。

映画は、ナチの時代のドイツに生きた少女のせつない話で、「本泥棒」とは、ナチの焚書の燃え残りから彼女が1冊の本をこっそり盗むことに由来している。

スティーヴン・プライスが『ゼロ・グラビティ』のために作曲した曲は、単独に聴くと意外に平板に聞こえる。無重力状態の3D効果で得をした曲だった。ジョン・ウィリアムズの(わたしには)最悪の盛り上げ方を思わせるようなパッセージもあり、勘弁してよと思う。

ウォルト・ディズニーの約束』のトーマス・ニューマンは、手堅い作りだが、もうちょっとクレイジーなところがほしい。

あなたを抱きしめる日まで』のアレクサンドル・デスプラは、音の奥行と鋭さの微妙な新しさを潜ませ、さすがだと思う。

しかし、Arcade Fireのウィリアム・バトラーとオーエン・パレットを起用した『her 世界でひとつの彼女』は、全編にスパイク・ジョーンズの張りつめたセンスが行きわたっており、他とは一線を画している。この際、〝巨匠〟たちには遠慮してもらって、こちらに受賞させたい。

基本的に、音の作り方がサウンドアートやパフォーマンスアートの即興系の演奏で、それは、オーウェン・パレットの実演映像を見ても一目瞭然である。これを評価するかどうかは、スパイクリー・ジョーンズのこの映画を評価するかどうかにも関わっており、実際には、デスプラかウィリアムズに落ち着くことになるだろう。

ここでは、あえて「主流」に反抗して、『her 世界でひとつの彼女』を取ることにする。



●歌曲賞
DATE: 01/27/2014 00:33:04
オリジナルソングを評価する《歌曲賞》の候補にあがっている曲自体は、YouTubeでも聴ける。

"Happy"(『怪盗グルーのミニオン危機一発』)
"Alone Yet Not Alone"(『Alone Yet Not Alone』)
"Let It Go"(『アナと雪の女王』)
"Ordinary Love"(『マンデラ 自由への長い道』)
"The Moon Song"(『her 世界でひとつの彼女』)

ここでは、U2("Ordinary Love")はもういいやとか、変な目つきのアナが歌う"Let It Go"なんか聴きたくないとか、悪口を並べるのはやめよう。最終的な<実質的な受賞>(つまり、ハリウッドの経済効果や政治を顧慮した決定)は別として、わたしが選ぶとしたら、"The Moon Song"しかない。理由は簡単、カレンO (Karen O)が歌っているからである。

カレンOは、いわば「器官なき身体」のアーティストであり、今年のアカデミー賞のテーマとなるべき<脱ロマコメ>の旗手スパイク・ジョーンズならば、起用するのが当然という歌手である。

彼女とスパイク・ジョーンズとの対話がYouTubeにある


[追記]
DATE: 02/03/2014 03:50:37
2月3日の記事で書いたが、候補にあがっていた"Alone Yet Not Alone"が、アカデミー選考ルールに反する宣伝キャンペーンをしたとして、候補から脱落しました。
《歌曲賞》は、以下の4候補で争われます。

 "Happy"(『怪盗グルーのミニオン危機一発』)
 "Let It Go"(『アナと雪の女王』)
 "Ordinary Love"(『マンデラ 自由への長い道』)
 "The Moon Song"(『her 世界でひとつの彼女』)


●録音賞
DATE: 01/27/2014 01:28:37
ゼロ・グラビティ』は、超高音から超低音までをカバーしたサウンドアート的処理。つまり、この音自体が音響作品なのだが、しかし、サウンドアートの世界は広く、そのなかでは、特にこの音が傑出しているとはいえない。

 『ホビット 竜に奪われた王国』も、音作品としては壮大な音ドラマを提供するが、音作品としてならば、そのどうしようもなくもったいぶったはったりはもう古い。その点では、同じはったりでも、『ゼロ・グラビティ』のほうが新鮮である。

 『キャプテン・フィリップス』も『ローン・サバイバー』も、非常にクリアーな音の採り方をしているのだが、せっかくの音を音楽が邪魔しているところがある。その点、『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』は、音楽は、60年代のフォークシンガー、デイブ・バン・ロンク(オスカー・アイザック)が弾くギターとヴォーカルに限定し、あとは生音だけで通している。そのクリアーさは、凍てつく冬のニューヨークの街頭の空気がそのまま伝わってくるほどだ。

今回は、コーエン兄弟と素晴らしい仕事をしてきたサウンド・ミクサー/エディターたちによる『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』を推す。



●音響編集賞
DATE: 01/27/2014 01:51:38
候補にあがっている『キャプテン・フィリップス』、『ゼロ・グラビティ』、『ホビット 竜に奪われた王国』、『ローン・サバイバー』については、《録音賞》と同じことが言えるのだが、『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』が抜けて『オール・イズ・ロスト』が加わったことによって、事情がちがってきた。

オール・イズ・ロスト』は、海上のヨットに乗った「Our Man」(ロバート・レッドフォード)のひとり芝居であるが、その音採りは素晴らしい。音楽は、最後のほうで、つつましくアワ・マンの心情を示唆する程度にしか使われない。気楽なヨット旅をするアワ・マンのヨットに、浮遊するコンテナーがぶつかり、ヨットが浸水する。それを独力で切り抜けるが、今度は嵐に襲われる。このプロセスは、自然と人間との闘いの縮図のようでもあり、また、何でも独力でやろうとするDIYの真骨頂を表現しているともいえる。それをロバート・レッドフォードが演じると、J・C・チャンダー監督・脚本の映画とはいえ、レッドフォードがこれまでやってきた政治的コミットメントや主張への諦念を示唆しているようで、考えさせられるところが多い。

その淡々としたサウンド・ミックスを評価したい。



●視覚効果賞
DATE: 01/27/2014 02:02:43
ヴィジュアル・エッフェクツという点では、『ホビット 竜に奪われた王国』、『アイアンマン3』、『ローン・レンジャー』、『スター・トレック イントゥ・ダークネス』の4作は、残る1作『ゼロ・グラビティ』のまえでは、「古い」といわざるをえない。

新しさを取って、『ゼロ・グラビティ』と行こう。



●長編ドキュメンタリー映画賞
DATE: 01/27/2014 02:28:35
ドキュメンタリーを評価する場合、そのスタイル(撮り方)とテーマ/素材の両方を考慮すると、『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』は、楽しめるが、特筆することはない。『キューティー&ボクサー』の篠原有司男はユニークだが、撮り方と編集が粗い。

アメリカのアフガニスタンやイエーメンにおける秘密工作を暴露する『Dirty Wars』、〝エジプト革命〟を扱った『Al Midan』(英題『The Square』)は、ともに貴重なドキュメントだが、そのスタイルは、〝テレビのり〟である。ただし、その〝テレビ〟は、日本では類似のものを探すのがむずかしい、ペーパー・タイガーやデモクラシー・ナウのようなパブリック・アクセス系のテレビである。

その点で、スタイルとテーマと素材の三位一体が余すところなく満たされているのが、『アクト・オブ・キリング』である。1965年9月30日にインドネシアで起こったクーデター未遂事件、通称「9月30日事件」では、今日の調査では、300万人もの死者が出たと言われている。この映画は、その〝処刑〟を実行した人間が、当時を回顧し、自分たちが行った処刑を街の人間たちを社会パフォーマンス的に参加させながら〝再現〟する。そういう非道な行為に加わった人間が、生き延び、最後に自分らのやったことを悔いて文字通り吐き気をもよおすシーンがあるが、このへんはヤラセの気配がないでもない。が、そうした〝あやしい〟部分も含めて、この映画は通常のドキュメンタリーにはないものを提示している。



●〝業界〟側の予測
DATE: 01/28/2014 04:28:15
第86回アカデミー賞の候補作について、各部門ごとに検証してきた1週間だったが、残る《短編ドキュメンタリー映画賞》と《短編アニメ賞》に関しては、まだ資料を取り寄せ中で、意見を保留するしかない。アメリカでの予測がもっと早く出るかと思ったら、ウェブレベルではようやく出始めたところである。

「業界側」と決めつけたいいかどうかはわからないが、最近、IndiewireのPeter Knegtが【will】と【could】と【should】と【shoulda been】の4基準のリストを公表したので、ここではその実質的な予測―【will】―の部分だけを抜き出してみる。

  ・作品賞: それでも夜は明ける
  ・主演男優賞: マシュー・マコノヒー
  ・主演女優賞: ケイト・ブランシェット
  ・助演男優賞: ジャレッド・レト
  ・助演女優賞: ルピタ・ニョンゴ
  ・監督賞: アルフォンソ・キュアロン
  ・脚本賞: アメリカン・ハッスル
  ・脚色賞: それでも夜は明ける
  ・長編アニメ映画賞: アナと雪の女王
  ・外国映画賞: オーバー・ザ・ブルー・スカイ
  ・撮影賞: ゼロ・グラビティ
  ・編集賞: ゼロ・グラビティ
  ・美術賞: グレイト・ギャツビー
  ・衣装デザイン: アメリカン・ハッスル
  ・メイクアップ賞: ジャッカス クソジジイのアメリカ横断チン道中
  ・作曲賞: ゼロ・グラビティ
  ・歌曲賞: アナと雪の女王
  ・録音賞: ゼロ・グラビティ
・音響編集賞: ゼロ・グラビティ
・視覚効果賞: アナと雪の女王
・長編ドキュメンタリー映画賞: アクト・オブ・キリング

<実質的な予測>をすれば、まあ、こんなところだろうという気がする。いずれ、わたしも、賭け好きのひとたちのために、<実質的な予測>もつくりたいと思う。それまでは、しばらくは夢を楽しみたい。



●『Mirror』の批評家予想
DATE: 01/29/2014 04:53:46
Mirrorが、アカデミー賞候補の発表後の翌日、ずばり受賞予想を載せた。あまり変わりばえしないが、オンライン版から羅列してみよう。

 ・作品賞: それでも夜は明ける
 ・主演男優賞: マシュー・マコノヒー
 ・主演女優賞: ケイト・ブランシェット
 ・助演男優賞: ジャレッド・レト
 ・助演女優賞: ルピタ・ニョンゴ
 ・監督賞: アルフォンソ・キュアロン
 ・脚本賞: her 世界でひとつの彼女
 ・脚色賞: それでも夜は明ける
 ・撮影賞: ゼロ・グラビゼロティ
 ・編集賞: ゼロ・グラビティ
 ・衣装デザイン: グレイト・ギャツビー
 ・メイクアップ賞: アメリカン・ハッスル
 ・視覚効果賞: ゼロ・グラビティ
 ・長編アニメ映画賞: アナと雪の女王
 ・外国映画賞: Blue Is the Warmest Color
 ・長編ドキュメンタリー映画賞: バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち
 ・歌曲賞: アナと雪の女王
 ・作曲賞: ゼロ・グラビティ



●歌曲賞候補 "Alone Yet Not Alone" の問題
DATE: 02/03/2014 03:43:00
歌曲賞にノミネートされていたブルース・ブロートンとデニス・スピーゲルによる"Alone Yet Not Alone"が、アカデミー賞の選考ルールに反する〝ロビー活動〟をしたとして、1月29日付けで、候補からはずされることになった。

歌曲賞に関しては、わたしは超主観的な予測をしたのでこの作品については言及しなかったが、これで、歌曲賞は、

  "Happy"(『怪盗グルーのミニオン危機一発』)
  "Let It Go"(『アナと雪の女王』)
  "Ordinary Love"(『マンデラ 自由への長い道』)
  "The Moon Song"(『her 世界でひとつの彼女』)

の4候補のあいだで争われることになった。

報道によると、ブルース・ブロートンは、アカデミーの理事会の前メンバーであり、またアカデミーの音楽部門委員会の現メンバであるが、この委員会のメンバー240人のうち少なくとも70人にEメールを送り、"Alone Yet Not Alone"が歌曲賞の候補にノミネートされることを働きかけたという。

ブロートン自身は、「軽い気持ちで最も単純な草の根キャンペーンをやっただけ」(I indulged in the simplest grassroots campaign)と弁解しているが、この言い回し、なかなかいい。"grassroots campaign"とはよく言った。たしかに、いまでは〝よろしくメール〟のようなものはあたりまえかもしれない。しかし、役職がまずかった。彼が、まえに理事をやったり、Music Branchのフェローなんかでなければ、こういうことにはならなかった。

考えようによっては、YouTubeにもあがっているプロモーションビデオは、ちゃんと作り込まれている。他の候補者の場合は、たまたまトレイラーから切り出したようなものであるのにすぎない。アメリカとはいえ、自己宣伝過剰は足をすくわれるのですね。



●助演女優賞の迷い
DATE: 02/11/2014 23:34:05
『8月の家族たち』のジュリア・ロバーツの演技を評価して、《助演女優賞》の受賞予測を彼女にした(→ブログ参照)が、『8月の家族たち』を再見して、すこし印象が変わってきた。

この映画は、きれいごとに描くのが好きなアメリカ映画としては、家族というものの虚妄さや逃れがたい桎梏をストレートに描いていて面白い。すでに、サム・レヴィンソンの『アナザー・ハッピー・デイ ふぞろいな家族たち』(2011)も、もはや形式と化した家族関係を描いていたが、『8月の家族たち』は、トレイシー・レッツのトニー賞受賞の舞台をもとにし、癌に犯され投げやりになっているカリスマ的な母親(メリル・ストリープ)を中心に演劇的なドラマ展開を見せる。

演劇にもとづく映画は、しばしば演劇の、映画とは異なる台詞まわしをそのまま継承して白けてしまうことがままあるのに対して、ここでは、メリル・ストリープの圧倒的な磁力に引き付けられ、出演者全員がみな説得力のある演技を見せる。

困った母親をぎりぎりまでカバーしようとする冷静な娘役のジュリア・ロバーツが、そのスター性を抑えて、いい演技をしていると思い、1月19日に書いた予想では、とりあえず彼女を最有力候補にしておいた。しかし、見なおしてみると、ロバーツの演技は、役柄自体が生真面目で愛想のない(色気も見せない)タイプなのだから、それでいいのかもしれないが、とはいえ、どこかワンパターンで、硬いのだ。

受賞の流れとしては、もし《作品賞》が『それでも夜は明ける』に行くような粋も甘いもわきまえない選考になるならば、それとセットでルピタ・ニョオンゴが受賞するだろう。

しかし、それでは夢がないから、別の選択肢を考えているわけだが、今回の候補には、どうも決定的なものが見つからない。

ジュリア・ロバーツを最初に選んだのは、その演技力のためだったから、その路線を踏襲すると、華ありどぎつさありの演技としては、ジェニファー・ローレンスしかいない。『アメリカン・ハッスル』における彼女の演技は、双極性障害の身勝手さをリアルに体現していて、笑い、同時のその、他の世界が見えない無知に哀れさを覚えさせるなかなか多元性に富んだ演技だった。

というわけで、この時点での受賞の希望的予測は、ジェニファー・ローレンスとしたい。



●ケイト・ブランシェット
DATE: 02/20/2014 06:40:29
『ブルージャスミン』を見て、ケイト・ブランシェットの〝嫌味〟な演技に辟易(へきえき)し、ケイトも〝性格の悪い〟女だと思っているひとがいるらしい。

『ハンナ』(2011)では、怖い女を演じていたが、彼女自身は、フィリップ・シーモア・ホフマンの急死を知ると、翌日の飛行機でカリフォルニアからニューヨークへ飛び、彼のパートナーだったミミ・オドネルとふたりの子供たちをなぐさめた。そのとき彼女が子どものための玩具を小脇にかかえてヴィレッジのコンドに入る写真が報道されている(→詳細)。心優しい女性ではないか。ケイトは、ホフマンと『リプリー』(1999)で共演し、それ以来の友達である。2月18日のBAFTA (British Academy of Film and Television Arts)で主演女優賞を獲った彼女は、スピーチでこの賞をフィリップ・シーモア・ホフマンに捧げると語った(→詳細)。

ただし、〝性格の悪い〟目で見ると、彼女のこの間の動きは十分に計算されたものであるかもしれない。彼女は、ウディ・アレンから『ブルージャスミン』への出演依頼をもらうと、「自分はもう映画のキャリアは終わっていると思っていた」と言い、猛烈喜んだという(→詳細)。彼女が、夫で舞台演出家ののアンドリュー・アプトンと故郷のオーストラリアにもどり、この6年間演劇にコミットしてきたことはたしかである。

が、「映画のキャリアは終わった」というのは誇張で、それは、ハリウッドからはずれたという意味でしかない。彼女は映画を離れるところか、夫とDirty Filmsという会社を作り、映画を撮っている。ただし、2007年の『エリザベス:ゴールデン・エイジ』のあとの『アイム・ノット・ゼア』(2007)、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008)、『ハンナ』(2011)などを見ると、たしかに印象深い役をやっているとはいえ、主役中の主役ではなく、彼女の本領を発揮できてはいないとは言える。

そうすると、彼女は、この機会に一挙にハリウッド復帰を狙っているのかもしれない。そして、最近の彼女の露出は、そのための準備かもしれない。が、それは、アカデミー賞を取るかどうかも、大きな分かれ目になるはずだ。

ただし、ウディ・アレンは、『ブルージャスミン』で彼自身がミア・ファーローの子どもに対して犯した〝アビュース〟を正当化しているとして、この作品を批判し、さらには、そんな映画にケイト・ブランシェットを出したのはけしからん、彼女は、絶対に賞を受けるべきではない――と唱える批評家がいる。しかし、これを書いているのがオーストラリアのAgeの批評家であることを考えると、これもまた、オーストラリアが彼女を引きもどす戦略のひとつかもしれない、などと考えてしまう。

ちなみに、この"Why Cate Blanchett should not get an Oscar”を書いているひとが推すのは、エイミー・アダムスである。


●グレン・ホイップ(LA Times)の予測
DATE: 02/21/2014 01:20:48
ロサンゼルス・タイムズの映画批評家グレン・ホイップ (Glenn Whipp) が、2月19日に「いま現在の」予測を発表した。基本のところは業界の予測と変わりがないが、外国映画賞、長編ドキュメンタリー映画賞などで若干のひねりを入れている。

  ・作品賞: それでも夜は明ける
  ・主演男優賞: マシュー・マコノヒー
  ・主演女優賞: ケイト・ブランシェット
  ・助演男優賞: ジャレッド・レト
  ・助演女優賞: ルピタ・ニョンゴ
  ・監督賞: アルフォンソ・キュアロン
  ・脚本賞: アメリカン・ハッスル
  ・脚色賞: それでも夜は明ける
  ・長編アニメ映画賞: アナと雪の女王
  ・外国映画賞: 追憶のローマ (The Great Beauty)
  ・撮影賞: ゼロ・グラビティ
  ・編集賞: ゼロ・グラビティ
  ・美術賞: 華麗なるギャツビー
  ・衣装デザイン: 華麗なるギャツビー
  ・メイクアップ賞: ダラス・バイヤーズ・クラブ
  ・作曲賞: ゼロ・グラビティ
  ・歌曲賞: アナと雪の女王(“Let It Go.” )
  ・録音賞: ゼロ・グラビティ
  ・音響編集賞: ゼロ・グラビティ
  ・視覚効果賞: ゼロ・グラビティ
  ・長編ドキュメンタリー映画賞: バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち
  ・短編アニメ賞: “Get a Horse!
  ・短編ドキュメンタリー映画賞: “The Lady in Number 6.
  ・短編実写映画賞: “The Voorman Problem.



●『ゼロ・グラビティ』は作品賞を獲れない?
DATE: 03/02/2014 19:19:12
西海岸の時間で3月2日(日)から開かれるアカデミー賞の授賞式まで1日を切ったので、そろそろ最終予測を書かなければならない。今後は、記事項目を変えて思いついたことを書いていこうと思う。なお、わたし自身の《希望的》予測は、各賞に関して書いた予測からほとんど変化していない。

作品賞に関して、一般的には、『それでも夜は明ける』が有力とされるが、その有力な対抗馬の『ゼロ・グラビティ』に関し、これは絶対に受賞しないとする説もある。

TIMEのリチャード・コーリス( Richard Corliss)によると、『ゼロ・グラビティ』は、アカデミー賞の投票委員たちにとっては、「SF映画」とみなされるので、受賞は無理だという。6000人もいる彼や彼女らの平均値は、「映画のデジタル的未来は鬼門であり、新しいパッケージのなかの古いものを好む」。思考やセンスのラディカルな変革ではなく、「中年(ないしはそれよる上の)ハリウッド・リベラルたちの心に触れること」なのだ。

そう言われてみれば、これまでのアカデミーの歴史のなかで、SF映画が作品賞を獲ったことはない。『2001年宇宙の旅』(1968)も『E.T.』(1982)も『アバター』(2009)も、ノミネートで終わっている。

興業収益では、『ゼロ・グラビティ』は、国内で$270M (2億7000万ドル)、国外で$700M(7億ドル)であり、『それでも夜は明ける』の国内$50M、国外$110Mをはるかに引き離しているが、「ハリウッド・リベラル」は、金だけに目がないわけではない。ある種の「社会性」を重視しもする。そこで、リチャード・コーリスは、『それでも夜は明ける』を最有力とする。

しかし、『ゼロ・グラビティ』に関しては、そのとおりだとしても、そういう投票委員たちにとって、『それでも夜は明ける』は<古すぎ>ないだろうか? アメリカン・アフリカンの歴史的な復権の物語は、昨年で十分ではないかとわたしは思う。

〝タッチング・ハーツ〟という点では、ハリウッド・メジャー・スタジオの製作による『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』も条件を満たす。が、「ハリウッド・リベラルズ」の今年の水準からすると、この映画は、やや「右」寄りのような気がする。

今年の祭典のホストがエレン・ディジェネスに決まったということは、その「ハリウッド・リベラルズ」の意識が、昨年よりも「進んで」いることを示唆する。なにせ、エレン・ディジェネスといえば、2008年にポーシャ・デ・ロッシとのゲイ・マリッジをカリフォルニア最高裁判所に認めさせ、ゲイ・レズビアン界の喝采を浴びたアクティヴィストでもあるからだ。

ディジェネスがホストであるという水準からすると、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』でゲイ役を演じたジャレッド・レトの評価も下がるかもしれない。彼の演技はすばらしいが、ゲイ性ということでいえば、かなり「ありがち」なキャラクターになっているのも事実だからである。

作品賞から、もし、『ゼロ・グラビティ』が落ち、さらに<アフリカン・アメリカンのテーマはもう古いから、『それでも夜は明ける』というわたしの意見が正しいのならば、残るは、『アメリカン・ハッスル』,『キャプテン・フィリップス』,『ダラス・バイヤーズ・クラブ』,『her 世界でひとつの彼女』,『あなたを抱きしめる日まで』,『ウルフ・オブ・ウォールストリート』の6作品になる。

このうち、「ハリウッド・リベラルズ」の社会意識からすると、『アメリカン・ハッスル』は若干「暗」すぎる。『キャプテン・フィリップス』は、結局、ミリタリーは頼りになる話だから、ちょっと「右」寄りである。『あなたを抱きしめる日まで』は、いい話だが、「ハリウッド・リベラルズ」好みのスケールからすると、狭すぎるかもしれない。

興味深いのは、「ハリウッド・リベラルズ」にとって、フィリップ・シーモア・ホフマンの事件がどう映ったかである。というのも、残る3作のうち、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』と『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は、ドラッグが重要な要素になっている。が、おそらく、「ハリウッド・リベラルズ」たちは、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のあけっぴろげなまでのドラッグ肯定には一線を置こうとするだろう。それに対して、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』のほうは、ドラッグを「克服」する話である。あきらかに、こちらが有力である。

もし、「ハリウッド・リベラルズ」が、テクノロジーによる社会性の変化に敏感であれば、『her 世界でひとつの彼女』を選ぶはずだが、その可能性は非常に薄い。とすれば、以上のわたしの推論からは、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』が最有力になる。



●最終予測
DATE: 03/03/2014 02:11:45
実際に決定する受賞の予測と希望的予測とを分けて表記しようと思ったが、「希望的予測」などというものは、単なる願望にすぎないので、ここでは、実際に決まるであろう受賞の予測だけを書くことにした。
ただし、願望は選考への批判でもあるので、以下のリストのなかに【 】の形で表記しておくことにする。
その理由は、各経過の記事を見てほしい。

 作品賞 ダラス・バイヤーズ・クラブ       → 【her 世界でひとつの彼女】
 主演男優賞 マシュー・マコノヒー
 主演女優賞 ケイト・ブランシェット
 助演男優賞 ジャレッド・レト
 助演女優賞 ジェニファー・ローレンス
 監督賞 アルフォンソ・キュアロン
 脚本賞 アメリカン・ハッスル       → 【her 世界でひとつの彼女】
 脚色賞 それでも夜は明ける      → 【ビヨンド・ミッドナイト】
 長編アニメ映画賞 アナと雪の女王       → 【クルードさんちのはじめての冒険】
 外国映画賞 追憶のローマ (The Great Beauty)       → 【Omar】
 撮影賞 ゼロ・グラビティ       → 【プリズナー】
 編集賞 ゼロ・グラビティ
 美術賞 華麗なるギャツビー
 衣装デザイン 華麗なるギャツビー       → 【グランド・マスター】
 メイクアップ賞 ダラス・バイヤーズ・クラブ
 作曲賞 ゼロ・グラビティ       → 【her 世界でひとつの彼女】
 歌曲賞 アナと雪の女王("Let It Go.")      → 【her 世界でひとつの彼女】("The Moon Song")
 録音賞 ゼロ・グラビティ       → 【インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌】
 音響編集賞 ゼロ・グラビティ       → 【オール・イズ・ロスト】
 視覚効果賞 ゼロ・グラビティ
 長編ドキュメンタリー映画賞 アクト・オブ・キリング




●第86回アカデミー賞最終結果
DATE: 03/03/2014 18:15:21
今年のアカデミー賞は、ある意味で、誰でも予想のつく結果にあることはわかっていた。結果を見ての通り、以前に紹介した『ロサンゼルス・タイムズ』のグレン・ホイップの予測がほぼ100%当たっている。

逆にその意味で、わたしの場合は、すでに流布していた「あまりに常識的」な予測をいかにひねってみるかで苦労した。

基本は、今回、きわめて「安全」な傾向が顕著になった。それは、長編ドキュメンタリー賞で、笑いのなかに陰惨さを込めた『アクト・オブ・キリング』がはずされたことでもわかる。

脚本賞で、『her 世界でひとつの彼女』が選ばれたのは、そうはいっても、この作品を無視できなかったことがうかがわれ、すこし安心した。

以下に、わたしの予測ではずれたものを抹消線で訂正し、受賞作を付記した。【 】内は、上記1点をのぞき、果たせなかった希望作品である。

以下の表では、予測がはずれたものは、抹消線で消し、受賞作を追記した。
【 】内は、《そんなもの選ばないでこっちを選べばいいのに》という批判的・願望的コメントであったが、当然その多くははずれ、脚本賞のみが当たったことになる。これが一番満足だった。
 作品賞 ダラス・バイヤーズ・クラブ      → 【her 世界でひとつの彼女】
  それでも夜は明ける
 主演男優賞 マシュー・マコノヒー
 主演女優賞 ケイト・ブランシェット
 助演男優賞 ジャレッド・レト
 助演女優賞 ジェニファー・ローレンス
  ルピタ・ニョンゴ
 監督賞 アルフォンソ・キュアロン
 脚本賞 アメリカン・ハッスル       → 【her 世界でひとつの彼女】
  her 世界でひとつの彼女
 脚色賞 それでも夜は明ける      → 【ビヨンド・ミッドナイト】
 長編アニメ映画賞 アナと雪の女王       → 【クルードさんちのはじめての冒険】
 外国映画賞 追憶のローマ (The Great Beauty)       → 【Omar】
 撮影賞 ゼロ・グラビティ       → 【プリズナー】
 編集賞 ゼロ・グラビティ
 美術賞 華麗なるギャツビー
 衣装デザイン 華麗なるギャツビー       → 【グランド・マスター】
 メイクアップ賞 ダラス・バイヤーズ・クラブ
 作曲賞 ゼロ・グラビティ       → 【her 世界でひとつの彼女】
 歌曲賞 アナと雪の女王("Let It Go.")      → 【her 世界でひとつの彼女】("The Moon Song")
 録音賞 ゼロ・グラビティ       → 【インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌】
 音響編集賞 ゼロ・グラビティ       → 【オール・イズ・ロスト】
 視覚効果賞 ゼロ・グラビティ
 長編ドキュメンタリー映画賞 アクト・オブ・キリング
  バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち