評点:★★★★ 4/5
●監督のチョン・ジュホンは、キム・ギトクの作品に魅惑され、カンヌ映画祭に行っていたキム・ギドクに突撃面会。その縁でギトクの『絶対の愛』(2006)と『ブレス』(2007)の助監督をつとめることになったという。この映画は、ギドクの脚本にもとづき、ギドクが製作総指揮をやっており、さぞかしギドク臭が強いように思うと、そうではない。ギドク的な要素もあるが、もっとエンターテインメントの要素があり、商業的には、今後、ギドク以上に成功するかもしれない。
●プンサンケとは、主人公がいつも吸っているタバコの銘柄(豊山犬)から主人公につけられた名。人はこの男をそう呼び、南北の便利屋として使う。依頼は、願い事を貼る場所に紙を紛れ込ませる。
●南の脱北した子供が、北にとどまる高齢の親のもとのビデオ映像をとどけるエピソードから始めるが、ドラマのメインは、南の情報局が、脱北した北の要人から機密を聞き出すために、北に残した彼の愛人イノク(キム・ギュリ)の脱北をプンサンケに依頼したところから始まる混乱。南で活動する北の諜報員と南の諜報員との血みどろの闘いになるが、リアルな拷問シーンにもかかわらず、すべてがアイロニカルに描かれる。
●そのアイロニカルなトーンからすると、最後はあっけらかんとした終わり方でもよかったはずだが、最後はけっこうシーリアスに終わる。ここは、ギドク調。
●南北の分断をテーマにしながら、イデオロギーやプロパガンダから完全に離れた、しかもあざやかな批判を込めた力作。南北を3時間で往復する不死身の”便利屋”というアイデアがすばらしい。
●北の諜報員の親分の顔が、茂木健一郎に似ているのが笑えた。が、嘲笑的なのはそのことではなく、南北の対立そのものである。
●金では動かないと言っていた北の諜報員が、イノクから奪った宝石を金にしてキャバクラにくり出すのだが、韓国情報局の連中も同じ夜に別のキャバクラでオダを上げている。その際、南の連中のキャバクラの女はあきらかにゴージャス、北のはうらぶれている。
●赤外線カメラに感知されないために、脱北させる「客」もプンサンケも裸になり、全身に黒い泥をまぶす。最初は幼い女の子、次はイノクなのだが、そもそも裸の女を背負って川を渡るというのがエロティックな雰囲気を醸し出す。これは、ギドク流。
■粉川哲夫のシネマノート
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