人生の特等席

Imagemap
人生の特等席評点:★★★★★出演者とプロット計算された演出とキャスティングカタルシスHOME: 粉川哲夫のシネマノート
hide

人生の特等席

Trouble with the Curve/2012/Robert Lorenz(ロバート・ロレンツ)

leaf
出演者とプロット

◆思い入れの強い邦題になっているが、原題は野球の「カーブの問題」。カーブが打てない選手の問題なのだが、含みとしては、この選手と同時に、クリント・イースウッドが演じる、直球しかこなせない老野球スカウトマンを示唆している。

◆若い時代のイーストウッドを見てきた者としては、老いたイーストウッドを見るのは本意ではない。とはいえ、高倉健が、『あなたへ』ではからずも見せてしまった俳優自身の老いとはちがって、こちらは、イーストウッドが演じる老いである。彼自身の老い(1930年生まれ)は微塵も見えないところがさすがだ。

◆『マネーボール』は、体を使ったスカウトよりもコンピュータデーター依存のスカウトが評価される話だが、ここでは、逆に、前者が批判されている。ガス・ロベル(クリント・イーストウッド)は、自分の目と耳と勘で新人を発掘し、コンピュータデータを信じない。現場には出向かず、コンピュータデータの統計を信じるフィリップ・サンダーソン(マシュー・リラード)がガスに対置され、最初から予想できるように、ガスに敗北する。フィリップを演じるマシュー・リラードの演技がいい。また、ガスの古きよき友として、ガスを気遣い、サポートするピートを演じるジョン・グッドマンはあいかわらずうまい演技を見せる。

◆父親のことが嫌いではないが屈折した距離を心のなかに隠している娘ミッキー(エイミー・アダムス)は、老いた父親のことが気になりながらも、献身的には世話をしないし、父親自身、そういうケアを頭から排除する性格だ。そのままだと平行性になってしまうが、人情ものに分類できるこの映画は、ちゃんと助け舟を出す。ガスの旧友のピートである。彼は、気をつかい、娘と父親とのあいだを取り持つ。このへん、アメリカだって善意のおせっかいというものはあるのだということを教える。いや、日本なんかより、そういう面はもともとあり、逆に日本のほうが、ぎくしゃくしているのかもしれない。

leaf
計算された演出とキャスティング

◆この映画は、基本的に先が見えることを気にしない映画だ。ガスがトイレに行き、小便の出が悪くて(ちなみに、歳をとると男はみなそうなる)、イライラする最初のシーン、缶詰の朝食、デリバリーのピザ、不必要に家具に足を取られたりすることなどなどで、この男が、老境にあり、一人暮らしで、どうやら目が白内障かなにかにかかっている(これは、もっと深刻な緑内障だということがわかる)。いずれも、判で押したような描き方だが、こういうことを経験していない世代にも容易にわからせるには、こういう方法を取るしかないだろう。

◆娘のミッキー(父親のガスがミッキー・マントルのファンだったのでこの名を付けたという)を演じるエイミー・アダムスは、意識的に演技しなくても、ちょっと醒めた目をした女優だ。案の定、この娘と父親との関係は屈折していて、エイミー・アダムスの起用はちゃんと計算ずくであることがわかる。トラウマ理論というものが作られた歴史的産物であることはいまでは明らかだが、ハリウッド映画は、依然トラウマがいまの自分を規制しているという発想が好きだ。ミッキーは、自分が親から捨てられた存在だというトラウマを信じている。ガスは、スカウトの仕事で出張つづきで、娘のことは妻にまかせっきりだった。しかし、よき最愛の妻は、娘が6歳のときに病気してしまい、途方にくれたガスは娘を親戚に預けるが、仕事に追われてケアをしなかったらしい。ミッキーは、いまでは立派な弁護士になっているが、このことで父親を恨んでいる。その距離感をエイミー・アダムスがそれらしく演じている。